Bruce Perens氏、来日直前インタビュー:政府、コミュニティ

Bruce Perens氏は、「オープンソースの定義」を生み出し、Eric Raymondらと 共に Open Source Initiativeを設立し、オープンソース運動を牽引してきた 最も重要な人間の一人である。2000年から2002年まで米国HP社の Linux戦略アドバイザーとして世界を駆け回っていたが、現在は オープンソースの啓蒙活動に奔走している。 opentechpress.jpでは、再来週に開催される VA Linux Business Forum 2003の基調講演のために来日する Perens氏に対して、インタビューを行った。内容は、政府とオープンソース、 ソフトウェア特許、SCO問題などである。

Q: オレゴン州、テキサス州など各地でオープンソースソフトウェアを州政府 での採用の選択肢に入れる法案が堤出されました。まだ小さな動きのよう ですが、オープンソースが連邦政府で今よりも強力に採用されるように なるでしょうか? また、この動きに対して何か意見はありますか?

Perens: テキサス州やその他の州で提出された法案が目指しているのは、 オープンソース・ソフトウェアを採用しても支障がないことを政府の 購買担当者に知らしめ、それも選択肢の1つとして検討されるように することです。フリー・ソフトウェアを優先的に採用せよということ ではなく、あくまでも公平な競争の場を作ろうとしているのです。 実際、政府は購買政策上はオープンソースを認めているのに、 購買担当者はそれを避けるよう上司から指示されてきたのが現実です。 これは政府の役人がソフトウェア・ベンダをえこひいきしている面も あるでしょうし、単に波風を立てたくないということもあるでしょう。 オープンソースはリスキーであるといった根拠のない観念をFUDによって 植え付けられているのかもしれません。

この手の法案で特別うまくいったのはこれまでのところ連邦政府のもの ばかりでした。英国で可決された法案もそうですよね。

Q: 日本政府はオープンソースソフトウェアの採用を真剣に考えているようです。 日本政府の動きは、Microsoftへの対抗のためなどと言われていますが、この 動きについてはどのように考えますか?

Perens: Microsoftが問題の大きな部分を占めるのは事実ですが、「Microsoftに 対抗する」ためだとは思いません。それよりも「バランスを取る」ということ ではないでしょうか。オフィス向けソフトウェアの市場を1社が支配 している現状は非常にアンバランスだと言わざるを得ません。ユーザや 納税者や、誰にとってもよいことでありません。競争原理が働いて価格が 低下し品質が向上することを期待できないからです。この点でMicrosoft との競争を唯一やり抜いてきたのはフリー・ソフトウェアです。それが できたのは、我々がMicrosoftと同じ経済パラダイムで勝負していないからです。 これまでMicrosoftと対抗してきたどの企業も基本的にはMicrosoftと同じ ビジネス・モデルを使用して失敗したのです。

Q: 日本には強力なハードウェアベンダーが幾つもあります。例えば、NEC、 Fujitsu、Hitachi、Toshiba、Matsushita(Panasonic)、SHARPそしてSONYなど。 これらはグローバルな企業のはずですが、あなたから見てオープンソース でもグローバルなコミットをしているように見えますか?

Perens: それらの企業の多くはオープンソース・プロジェクトを立ち上げているか、 そうしたプロジェクトについて調査を行っていますが、オープンソース 開発者の間でオープンソースの担い手としては認知されていません。 機会があれば、彼らがオープンソースの担い手となるためのお手伝いを したいと思います。特に厄介な問題は、オープンソースで利益を上げつつ 会社の従来の目標を失わないような方策を立てることです。HPと協力した 経験に基づいて作成したものですが、私は企業のオープンソース・ポリシー をどう確立すればよいかを2時間のスライドにまとめてあります。

Q: それは、是非やってほしいですね。

Q: さて、SCOとIBMの訴訟の件ですが、SCOに勝ち目はないと仮定したとしても、 オープンソースコミュニティにはFUDによる大きなダメージが残るかも しれません。この訴訟がまともに審理されれば、決着までには数年かかる でしょう。あなたの、この訴訟に関しての展望をお聞かせください。 また、オープンソースコミュニティおよびそれを支持する企業は、 FUDに対してどのような対応を取るべきなのでしょうか?

Perens: SCOの側に訴訟が法廷の場で審理されるとの目算があるとも思えません。 Boies氏はその可能性がきわめて小さいことを承知しているはずです。 当初から見当がついていたことですが、SCOは買収を受けることを狙っていた のであって、McBride氏(SCOのCEO)はそれも視野にあると遂に認めました。 本当に問題なのは、IBMのような会社がSCOのような会社の策略に屈して 買収に走ることがあるかということです。IBMはただ待っていればよいので あって、SCOは結局つぶれることになると思います。

オープンソースは今後もFUDによる攻撃を受けると思います。もちろん、 我々としても主張すべきことは冷静に主張しなければなりません。企業が FUDに頼るのは自社製品の価値を表に打ち出して競うことができない ときです。報道機関に対しても、FUDを見かけたら実態を正確に把握して きちんと取り上げてもらうようにすることが大切です。記者とは本来 コメンテータであって、プレス・リリースをそのまま鵜呑みにして発表 することが仕事ではないはずです。

Q: これを見る限りあなたはソフトウェア 特許の動向に強い関心を持っているように見えます。くどい質問かもしれません がソフトウェア特許がもたらす害悪について説明してくれませんか? また、この 日米欧の特許制度の状況( pdf)を見てください。 ここには日本のソフトウェア特許制度の状況も掲載されています。日本の 状況については、意見はありますか?

Perens: まず申し上げたいのは、ソフトウェア特許、つまり知的所有権に関心を 集中させることが日本経済の役に立つとは思えない、ということです。 ソフトウェア特許は少数の大企業を利する傾向があり、産業経済の 要たる大多数の中小企業には不利に働くからです。結局、小さな会社 ほど特許料の支払いに追われて、自社特許を持つ大企業のような 収益性は得られないと思います。

そんなことより、私の関心がオープンソース開発者にあることは改めて 言うまでもないでしょう。多くの場合、これらの開発者は個人か、 中小企業の社員です。ソフトウェア特許をめぐって告発を受けたとき 彼らに訴訟を戦う経済的余裕がないのは明らかです。たとえ勝つ 可能性があっても裁判となれば経済的に負けたも同然です。つまり、 オープンソースを奨励する立場からすると、またオープンソースを 使うかどうかは別としてともかく中小企業の側に立つとするなら、 彼らが裁判に訴えなくても済むような形にソフトウェア特許の法律が できていることが望まれます。大企業が中小企業を訴えることが できるような道を日本が増やそうとしているのなら、それは とても恐ろしいことです。

Q: この記事 について、もう一つ質問。日本国内でも 偽物のオープンソース代表( A false or misled “open source representative”) に近い行動をする人々がいます。まあ、これはどこの国でも同じだと思いますが、 その偽物の影響力によって、一般へのオープンソースの理解が 疎外されることもあります。あなたのような人間がいれば、 このような問題は起きないのかもしれませんが、オープンソースに関わっていない 人間がオープンソース代表であるかのように振舞うということに対して、 日本のコミュニティはどのように対応するべきだと思いますか?

Perens: そうした偽者たちの行動計画を明らかにすることが重要です。彼らの 背後には2つの勢力が存在していると考えます。1つはソフトウェア特許の法律を強化 したいと考えている企業群です。これは自社のソフトウェア特許をめぐる 願望とLinuxビジネスとの対立を解決できないでいるIBMのような会社です。 もう1つは単にオープンソース全般を目の敵にしている企業群です。 これにはMicrosoftやプロプライエタリなソフトウェアで商売をしている 多くの会社が含まれます。

Q: 日本にはあなたがリーダーを務めていたこともある Debianの開発者が30人以上おり、glibc, X, GNOME, Mozillaといった 重要な部分のメンテナンスに日本人もおおきく関与しています。あなたは 既にDebianの開発からは 少々距離を置いているようですが、来日した際には 多くのDebian開発者を含む オープンソース開発者に会えると思います。 何かメッセージはありますか?

Perens: フリー・ソフトウェアに対する彼らの貢献に感謝したいと思います。 そして思うところや感じた点を率直に表明してもらえたらとも思います。 日本では米国のように個人がそのようなことをするのは簡単でないのかも しれませんが。私もほんの数年前まで小部屋にこもってプログラマを やっていたのです。私は自分の意見を思い切って言ったからこそ、 こうして知られるようになったわけです。

Q: 最後は、半分冗談です。あなたは、HPを退社した後、技術的なことよりも 政治的な動きをされることが多いようですが、政治家を目指すつもりでしょうか?

Perens: 最近は「政治的」な仕事が多いのは確かです。賛同者を増やすべく 原稿を書いたり、議員を相手に「ロビー活動」をしたり、オープンソース 開発者の代表として活動したりと、いろいろです。選挙に出ることは 以前から考えており、いずれその日が来るかもしれません。しかし、 米国ではヨーロッパほど簡単にはいかないようです。ヨーロッパは 連立内閣なので特定の利益を代表する少数政党もそれなりの存在価値が あります。日本にもこれが当てはまるかどうかは知りませんが。 米国は2大政党制で、両方の政党があまりよく似ていて区別がつかないことも あります。米国の代議制度は地理上の境界線で区切られていて、 政府に「全州を代表する」議員は存在しません。したがって、選挙に 勝つには特定の地域の利益を代表する必要があります。私はロビイスト として活動した方が力を発揮できるのかもしれません。

Q: ありがとう。では、 イベントでお会いできることを楽しみにしています。

Perens: 私も楽しみにしています。それでは。