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GPLv3 Conferenceリポート1: 現実的な理想主義

2006年01月27日 13:23
2006年1月16日にアメリカ・ボストンで開催された、GPLv3 Conference初日の模様をリポートする。

はじめに

GNU General Public License、通称GPLは、FLOSS (Free / Libre & Open Source Software)と総 称されるソフトウェアの世界において最も広く利用されているソフトウェア・ ライセンスだ。世界最大のソフトウェア紹介サイトfreshmeatの統計によれば、 freshmeatに登録されたソフトウェアの実に7割近くにGNU GPLが適用されている。 もちろん単に数が多いというだけではなく、Linuxカーネルを筆頭に、主要なオー プンソース・ソフトウェアでGNU GPLが適用されているものは枚挙に暇がない。

現行のGNU GPLは、1991年6月に発表されたバージョン2である。業務の一環と してGNU GPLを管理している非営利団体Free Software Foundation (FSF)が引越ししたことなどに伴い、文中の住所など微細な点には変更が何度か加えられたものの、主要な部分が更新されたのは1991年 が最後というわけだ。以来長年に渡って、GNU GPLはハッカーとソフトウェアの 自由を守る強固な砦として機能し続けてきたのだが、さすがに書かれてから15年も経つと様々な綻びが指摘されるようにもなってくる。何せGNU/Linuxがここまで普及するよりも、そもそもインターネットがここまで普及するよりもずっと前に書かれ たライセンスなのである。とはいえ基本的には運用や解釈のレベルで対処できる問題が 大半を占めていたが、それでもここ数年は、技術的進歩や著作権の扱いなど取り巻く状況の変化に応じて、GNU GPLが内在的な解決を迫られる問題がいくつも積み上がるという状況になっていた。GNU GPLの改訂は多方面に極めて甚大な影響を及ぼすことが予想されるため、慎重かつ公平な扱いも要求される。

このような状況を鑑み、今年一年をフルに使って、一般公衆も巻き込んだオープンな形でGNU GPLを改訂していこうという機運が盛り上がった。その手始めとして、今年1月16日と17日の両日、アメリカ・ボストンのMITにおいて、アメリカのみならず世界各国の関係者を集めたカンファレンスが開催され、来るGNU GPLの次期バージョン3、通称「GPLv3」の第一ドラフト(草稿)が公開されるということになったのである(この第一ドラフトに関しては、FSFおよびその法律アドバイザーSoftware Freedom Law Center (SFLC)の関係者のみが準備し、カンファレンス当日までその内容は極秘とされていた)。幸い筆者はこのイベントに参加することができたので、本稿ではその模様と共に、今回の動きの背景も含めていくつかお伝えすることとしたい。本稿では初日、1/16の内容を中心にご報告する。

MITへ

今回筆者が滞在したホテルから会場であるMITまでは数百メートル、徒歩で5〜6分と 言ったところ。筆者は会議前日(1/15)の深夜にボストン・ローガン国際空港に到着したのだが、ここ数日のボストンは気候が不安定とのことで、この日は氷点下10℃前後 まで気温が低下していた。なお筆者は参加できなかったが、会議前日の夜にはボストン市内にあるFSFの事務所でちょっとした前夜祭が開催され、参加者にはワインやチーズが振る舞われたとのことである。

凍えながらMITの大きな建物の前まで来ると、案内板が出ている。いよいよ会場だ。

MITの建物前に立っていたGPLv3 Conferenceの案内板

開始直前の会場にて

会場として用意されていたのは、二階のひときわ大きな教室であった。9時開場というのを開始と間違えていたため(開始は10時)、早く着き過ぎてしまい時間を持て余す。会場外の廊下には受付と共に、今回のイベント向けに作られたGPLv3 Tシャツの販売ブースや、コーヒーなど無料の飲物が用意されていた。ちなみに、MITでは筆者のような訪問者であっても、簡単な登録をするだけでほぼ全学に渡って無線LANを利用することができる。しばらくするとRichard StallmanやEben Moglenといった今回の主役を始め、「オープンソースの定義」(OSD)を書いたBruce Perens、Sambaの作者Andrew TridgellやJeremy Allisonなど、FLOSS界の有名人が多数集まってきて、ちょっと見回しただけでもなかなかの壮観。開発者コミュニティにおけるGPLv3への関心の高さを示していた。筆者は旧知のPerensやDebian開発者のClint Adamsらと談笑しつつ会議開始に備えていたが、そもそもGPLv3への関心が高いのか、はたまたドラフトが当日まで非公開だったことが功を奏したか、会議開始までには大教室がほぼ満席という盛況ぶり。

会場前の様子。奥にtridgeの姿が見える

会場の様子。筆者が到着したときに撮ったのでまだ閑散としている

会場に設えられたスクリーンには、会議開始までMySQLやSambaなどGNU GPLが適用された有力オープンソース・ソフトウェア開発プロジェクトのロゴが次々と映しだされ、その影響力の大きさを誇示していた。また、アメリカ以外における協力プロジェクトとしてヨーロッパのFSF Europeや我らが日本のフリーソフトウェアイニシアチブジャパン (FSIJ)のロゴも映し出され、自由なソフトウェアにまつわる運動の国際的な広がりをも示していたものだ。なお日本からの参加者は、企業の関係者を除けば筆者とFSIJの理事長でもあるg新部裕氏のみだったのではないかと思う。ヨーロッパやラテンアメリカからの参加者の多さと比べ、日本を含めたアジア勢の少なさ(というよりほぼ皆無)が気にかかった。

会場の大スクリーン

RMS

定刻をやや過ぎて、RMSこと御大、Richard M. Stallmanのスピーチが始まった。彼の話はごく短いものであったが、彼がGPLv3に期待することは極めて明快に伝わってきた。すなわち、GPL2に見られた文言上の細かい問題点をつぶし、特に他のライセンスとの互換性(compatibility)を高めたいということ、一方でソフトウェア特許やデジタル権利管理(Digital Rights Management、DRM)はユーザの自由を害するという点で全く受け入れられるものではなく、こういったものと戦うための武器としてGPLv3を最大限利用したいということ、この二点である。反ソフトウェア特許、反DRMはRMSの宿願であり、この点に関して妥協はない、ということは以前から明確ではあったが、それが再び強調されることとなった。言いたいことを言い終わると、RMSは法的文書としてのGNU GPLの実質的起草者、Eben Moglenコロンビア大学法学部教授にマイクを譲った。

ちなみに、RMSは断固として自説を述べたものの口調は終始穏やかで、くつろいだ様子で茶目っ気のあるところを見せていた。たとえば講演の途中会場で携帯電話を鳴らしてしまった人がいたのだが、「盗聴装置の電源は切ってくれたまえ、官憲もこのイベントには注目しているからね」などと言って場内の笑いを誘っていたものである。その割に目はあまり笑っていなかったが…話自体もヨーロッパの状況やDMCA、TiVoの問題(これについてはZDNetの記事が参考になる)など具体例を交えた分かりやすいもので、広く一般の聴衆を意識していることが窺えた。ちなみに、RMSと話すときには言葉の選び方に気をつけなければならない。「Linux→GNU/Linux」はもはやジョークの域に達するほど有名となったが、他にもDRMのRは「Rights」ではなくあくまで「Restrictions」であり、RMSによればIP (Intellectual Property、知的財産)などというものは存在しないのである。

御大の雄姿。着ている服を覚えておくといい

Eben Moglen

引き続き、Eben Moglen教授の講演が始まった。Moglen氏は若いころIBMでプログラマをしていたが、その後プロの法律家に転じたという変り種。RMSが最も信頼する顧問の一人である。もちろんGPLv3のコンセプトやヴィジョンを決めているのはRMSだが、具体的に法律文書として書き上げたのはMoglen教授らSFLCの法律家たちなのだ(法律的な細部をRMSに聞いても「俺には分からんのでEbenに聞いてくれ」と言われてしまうくらい)。教授の講演は2時間近くに及び、会議初日の、そして会議全体からみても実質的なハイライトを為すものとなった。なお、「Eben」はイーベンではなくエベンと発音する。

Eben Moglenコロンビア大教授

おかしな二人

教授の話は随所にユーモアを交え明快ではあったが、一方で大変長く極めて多岐に渡るものとなったので、語られた内容全てをここでご紹介するのは筆者の手に余る。基本的には、FSFが公開したRationale (GPLv3の趣旨説明)の内容に沿って、GPLv3での変更点とその背後にあるアイデアを説明するというものだったので、Rationaleを熟読していただければ大体のことをは分かっていただけるはずだ。また当日の模様は全てビデオに収録されており、そのうち自由なライセンスの下で公開される予定なので、興味のある方はそちらも参考にしていただきたい。ここでは筆者なりにざっくりとした整理を試み、注目すべき点をいくつか指摘するにとどめる。また筆者は法律の専門家ではなく、英語も甚だ怪しいので、教授の発言を勘違いしている可能性もある。注意していただきたい。

GPLv3の目標

GPLv3が達成すべき目標としてMoglen氏が挙げたのは、筆者の考えでは以下の4点である。

  • 可用性 (usability)
  • 明快さ (clarity)
  • 可読性 (readability)
  • 国際性の向上 (international reach)
RMSが強調した2点と、Moglen教授が述べたこの4点を念頭に置いてGPL2とGPLv3を比較すると、彼らが第一ドラフトで実現したかったことがよく見えてくるのではないかと思う。また、GPLv3はこれらの基準に照らして議論・評価されることになるだろう。

たとえばドラフト冒頭の第0節、「Definitions」を見てほしい。一読後、なぜわざわざ分かりきったことまで定義しなおしたり(たとえば「covered work」)あるいはよく知られた概念の代わりに新しい概念を導入したり(「copying」や「modification」の代わりに「propagate」など)するのだろうと思ったのだが、Moglen氏によればこれには二つの意図がある。ひとつには、定義を明確化・具体化し、冗長になっても紛れがないように説明を尽くすということ。これはclarityやreadabilityに資するわけだ。英語が母語ではない我々には長くなればそれだけ分かりにくくなることが多いのでややピンと来ないのだが、確かに下手な簡潔は明快さとトレードオフになることもある。

もうひとつは、頒布(distribution)のように非常に一般的な用語ではあるが、著作権法という文脈では特定のニュアンスがべったり張り付いていて、しかも国によって法的な意味が微妙に異なるようなものを極力排したいということだ。これをMoglen氏は「著作権法の用語から事実に基づく(factual)な用語への切り替え」あるいは「著作権文化フリーな記法 (copyright-culture-free notations」と表現していた。また、これによりinternational reachが高まることも期待できる。GPLv3はアメリカの法律家によって書かれたものであり、どうしてもアメリカの著作権法を暗黙のうちに前提としてしまっているところがある。これに対し、Creative Commonsのように各国版の(nationalized)ライセンスを用意して国際性を高めるというアプローチも考えられるわけだが、GPLv3では従来どおり英語版のみを正式なものとし、しかし解釈については各国の著作権法に引きつけたものを積極的に認めよう、という方向を狙っているようだ。こういった方策がうまく機能するかどうかは、筆者にはまだ良く分からないのだが…。

個人的に関心があったのは、現行のGPL2に存在する「抜け穴」をどのように塞ぐのかということだった。たとえば有名なGPL2の抜け穴として、"software performing remote service" loopholeと呼ばれるものがある。これは、「ネットワーク上のサーバでソフトウェアを実行し、なんらかのサービスを提供する」というような利用形態においては、ソフトウェア自体の「頒布」が発生しないのでGPL2の条項がうまく機能しないという問題だ。典型的には、GPLが適用されたウェブ日記システムがあったとして、それによる日記サービスを提供する企業のことを考えてみてほしい。こういった企業がウェブ日記システムに改変を加えても、ソフトウェアの頒布が発生しないので改変した部分のソースコードを公開する必要はないのである。かつてはハードウェアやネットワーク的な制約によってこの種のものはあまり一般的ではなかったのだが、現在では非常にポピュラーな形態といっても過言ではない(たとえばAjaxを用いたウェブアプリケーションなどもこれに該当するだろう)。この問題についてはすでにさまざまな議論があり、一部でGPLv3のプロトタイプと目されていたAffero GPLにもこの抜け穴を塞ぐための条項が盛り込まれていた(第2項d)が、下手をするとライセンス間の互換性が損なわれてしまう恐れもあった。そこで今回のGPLv3第一ドラフトでは、ソースコードの公開を無条件で義務付けはしないものの、ソフトウェア作者が上記のような形態をとる改変者に対してソース公開を求めやすくできるような選択肢(mustではなくmay require)を設けるということで落ち着いたようである(ぱっと見には分かりにくいと思うが、今筆者が述べたことを頭においてAffero GPLの第2項dと比較しつつドラフト第7項dを読んでみて欲しい)。これは、現在すでに自由なソフトウェアを用いたビジネスを展開している企業などには極力影響がでないようにする、という「Do No Harm」(Rationale 1.1)の原則から導かれた結論であろう。じゃあDRMはどうなんだ、という話にもなるわけだが…。この他にも、第7項には従来Guileのライセンスのように「GPL+例外規定」というような形で逃げることが多かったライセンス間の互換性の問題に、より整合的な解決策を与えようとするいくつかの選択肢が含まれており、今後のGPLv3にまつわる議論のひとつの焦点となっていくのではないかと思う。

GPLv3は「契約」ではないということが明確に打ち出された(第9項)ことも注目に値する。今まで、GPL2が契約か契約でないかで世界的にさまざまな議論があった。少なくともアメリカでは、ソフトウェア・ライセンスはライセンシーの契約受諾に関する意思表示が明確でない、という理由で契約ではなくライセンサーの一方的な権利不行使表明であるとする考え方が一般的のようだ。今回のような「明確化」が図られたのはそれが理由ではないかと思うが、日本ではまだソフトウェア・ライセンスが契約かどうか明確な結論は出ておらず(筆者の感触では「どっちでも良い」)、南米からの参加者と話をすると、南米ではすでに裁判所のレベルでソフトウェア・ライセンスは契約であるという判例が出ているらしい。ここも今後議論を呼ぶポイントになりそうである。

他にも細かい点として、GPL違反が発覚した際すぐ契約を終了させるのではなく、違反者に通報後60日の猶予を与えること(第8項)や、原発や病院などバグが重篤な結果をもたらしかねない環境での自由なソフトウェアの利用に関して、無保証を巧妙かつ明確な形で宣言すること(第18項)などが挙げられるが、これらの大半はすでに運用のレベルでは非公式とは言え慣行となってきたことでもあり、それほど新味のあることではないだろう。ちなみに反ソフトウェア特許がらみの条項については、筆者は大筋で賛同するものの文面や技術的には若干の疑問がある。GPLv3とソフトウェア特許の関係については後日稿を改めてまとめてみたい。

Moglen教授の話でひときわ印象的だったのは、話が第12項に差し掛かったあたりである。いみじくも第12項には、「プログラムの自由か死(Liberty or Death for the Program)」という副題がついている。こういった表現をライセンスに入れることの是非はともかくとして、DRMやソフトウェア特許に降伏(surrender)するよりは、ソフトウェアは死を選ぶべきだと言い切る強固な意志には恐れ入るばかりだ。しかし、このブレの無さこそが、筆者がFSFを大筋で信頼する大きな理由なのである。その一方で、単なる理想主義・教条主義に逼塞するのではなく、このようなカンファレンスや一連のプロセスを通じて常に現実における有効性を追求しようとするあたりがまたいかにもFSFらしい。RMSはかつてGNU Projectの基本方針を「現実的な理想主義 (Pragmatic Idealism)」と表現していたが、まだまだ荒削りとは言え、強烈に自己主張しつつもぎりぎりまで現実とのすり合わせを図るというGPLv3第一ドラフトの二枚腰は、まさしくFSFの面目躍如といったところだろう。

Moglen教授の講演が終わると、直ちに質問の嵐が始まった(そもそもあまり自由なソフトウェアについて理解していないような人の的外れな質問も多かったが)。たとえばDRMに関して、バイナリにGPGなどでサインしていないと動作させない、というようなセキュリティ機構はDRMではないのか、という疑問が出た。他にも商標や、Linuxカーネルを搭載した携帯電話のような組み込み機器の問題など、さまざまなテーマが議論されたように記憶している。筆者もderivative workの定義がらみで何か質問したような気がするがあまり覚えていない。議論は白熱するばかりだったが、とりあえずは昼食休憩ということになり、午前のセッションは幕を閉じた。

昼食を求めてMIT構内を彷徨

GPLv3の策定プロセス

午後もしばらくフロアからの質問が続いたが、次いでGPLv3策定に向けた具体的なプロセスに関して紹介があった。プロセス自体の説明についてはGPLv3 Process Definitionにまとめられているが、今回特異なのは、Wikiライクな編集システムを用いることで一般の人々からのコメントを広く集めるという形式を取っていることである。このシステムやメールなどで集められたコメントは、FLOSS界における利害関係者(開発者、企業、法律家など)を幅広く集めてAからEまで分類したディスカッション・コミッティーが集約し、RMSに答申するという仕組みになっている。集めた意見は今後最低2回は更新される予定のドラフトに反映され、さらに「Last Call」と呼ばれる最終ドラフトを発表した上で、正式なGPLv3が発表されるという手順だ。

FSF関係者によるGPLv3策定プロセスの説明

ただ、筆者も疑問に思ったので直接質問したのだが、ディスカッション・コミッティーの権能はかなり弱い。基本的に答申に限られており、最終的な決定権は依然RMSに握られている(Moglen教授にすらない)。よって、調停不能な対立がRMSとそれ以外のコミュニティで生じた際には、結局最終的にはRMSの意見が通るということになりそうである。拒否権がないのにまるで同意を与えたかのように思われてしまうのは、たとえば企業からの参加者にとっては致命的な事態であろう。おそらく、特に反DRM条項を巡って今後活発な綱引きが始まるのではないかと思うが、その過程でディスカッション・コミッティーの問題が表面化することもあるかもしれない。なお筆者はどうやらアクティヴィストを集めたコミッティーAに収容されることになりそうである。

その後

17時ごろにようやく会議が終了した後も、会場のそこかしこで参加者による活発な議論が繰り広げられていた。Moglen教授も報道関係者への対応に忙しい。その後、筆者はDebian開発者のBranden Robinson(彼は現在のDebian Project Leaderでもある)やDon Armstrongらと、MITのファカルティ・ラウンジで夕食をとりつつ意見交換を行ったのだが、一致したのは、予想したほど極端なものではなかった、というある種の安堵感である。第一ドラフトの内容が公開されていなかったこともあって、非常に攻撃的なものになるのではないかと筆者などは恐れていたのだが、いくつかの点を除けば(ソフトウェア特許に対するスタンスすらも)ごく穏当なものとなっているのではないかと思われる。といっても、スタンスが穏当であるということが即ライセンスとしての完成度の高さを保証するわけでは当然無く、すでにいくつも法的・文言的問題が見つかっている(Moglen教授は会議二日目、「すでに3つの致命的バッファオーバーフローが見つかっています」とおどけて苦笑していた)。Debianに関して言えば、debian-legalメーリングリストですでに活発な議論が開始されている。Debian Projectとしてコメントを出すかどうかはまだ分からないが、いずれにせよ議論の結果は、ドラフトへのコメントという形で還元されることになるだろう。

個人的にはやはりDRMがらみの条項に不安が残った。筆者もDRMには反対だが、そもそもコードの用途をライセンスで制約するのは筋が悪いと思う。また、DRMを極端な形で排除しても、そういった企業はおそらくプロプライエタリなソリューションに逃げるだけで、決して自由なソフトウェアを支持するようにはならないだろう。むしろ、様々な制約に直面しつつも、企業の中での自由なソフトウェアの利用促進に奮闘している人々がいよいよ動きにくくなってしまうのではないだろうか。このあたりも含めて、今後の議論の動向を注視しつつ意見を出して行きたいと考えている。Moglen教授も、DRMがらみの文面については今後再検討が加えられる可能性が高いと述べていた。

次回は二日目の様子をご報告することとしよう。

最終更新:2009年06月26日 16:58