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FOSSコミュニティーと身体障害者ユーザとの相互理解の必要性

2006年03月22日 10:38 Marco-Fioretti(2006年3月18日(土))
フリーおよびオープン・ソース・ソフトウェア(FOSS)の開発者およびその支援者達にとって、アクセシビリティーの確保は、ますますその重要度を高めている問題である。これまでもInternational Organization for Standardization (ISO)は、これらのソフトウェアが身体に障害を抱えるユーザでも利用できるよう、関連する標準の整備を進めてきた。また各国の政府からは、公的な利用を前提としたソフトウェアは最低限アクセシビリティーに関する標準を満たすか、あるいはより高い水準に達している必要があるべきだ、との要求がしばしば出されている。それにかかわらず、障害者ユーザとFOSSコミュニティーとは、相互理解の面で依然として大きな問題を抱え続けている。

FOSSコミュニティーと障害者擁護団体との意志疎通に改善すべき点があることは、昨年マサチューセッツ当局がOASIS Open Document Format for Office Applications(OpenDocument)への移行を進める意図をアナウンスしたことによって、1つの事例として表面化した。FOSS擁護派は、こうした移行は公的支出を抑制すると同時に、データへの永続的アクセスを保障して障害者への差別を終わらせるであろうとして、このアナウンスを歓迎した。ところがFOSS擁護派にとって意外だったのは、Disability Policy Consortium(DPC)やBay State Council for the Blind(BSCB)など、障害者差別への反対運動を展開している団体からの批判を受けたことだった。

OpenDocumentとは、任意のソフトウェアのプログラムで使用できるよう新たに用意されたファイル・フォーマットとして、定評のあるものの1つである。そして現在は、OpenDocumentのアクセシビリティーに関するレビュー・プロセスが進行中だ。実際いくつかのコンポーネントは、すでにW3CによるWide Web Accessibility Initiative(WAI)に合格している。

昨年11月、FOSSおよび関連業界の代表者達は、マサチューセッツ当局およびDPCやBSCBなどの障害者権利擁護団体の代表と会見した。そして、この会見の結果として表面化したのが、FOSSコミュニティー側には障害者ユーザのニーズを理解し切れていない点があり、障害者コミュニティー側はFOSSに対する関心そのものが薄いという現状である。

同会見の非公式なレポートによると、FOSS擁護派は、ODFおよびオープン標準とアクセシビリティー標準との関係について説明したと言う。またFOSS擁護派は、Microsoft製品など特定ソフトウェアにおける技術的な制限事項についても概要を説明したとのことである。同派が主張したのは、Microsoft Officeで利用可能なアクセシビリティーはリバース・エンジニアリングの結果であるものが多く、これらを維持するには新規のリリースごとにサード・パーティ製品を用いて同じ作業を繰り返す必要があるという点である。そしてFOSS擁護派は、FOSSベースのアクセシビリティー・インフラストラクチャーを導入することで、障害者ユーザがUnixのシステム管理やWebのサイト・デザインなどの職種に就く機会が広がる可能性を指摘している。

ところがこれらの意見は、大して重要視されなかった。障害者の擁護派は彼らの立場を、『Joint Statement on OpenSource & OpenDocuments in Massachusetts』における次のような文章で再確認している。

OpenSourceを採用した州正府当局における新規雇用についてだが、積極的な人材開発用トレーニング体制が整備されない限り、その使いこなしに何らかのトレーニングが必要となるOpenDocumentプラットフォームを利用できるのは、障害を持たない人々だけに限られることになるだろう。そして将来にわたって、障害を抱える人々の名前が雇用者リストに載ることはないのである。

先に引用したレポートによると、会合に出席した障害者ユーザはこうした見解を「多様性というのは歓迎されるものではなく、我々は何らの変更も強要されたくはない」という、より端的な言葉にまとめたというが、これはFOSSの熱狂的な支援者達にとっては衝撃的な意見かもしれない。いずれにせよOffice 12がリリースされれば、操作面におけるある程度の変更はあるかもしれないが、障害者側の代表者はこれが最小限の変更に止まり、「ODFアプリケーションの機能が共通化され(……)、キーボード・ショートカットが同じになる」ということを要求している。

一般論としてだが、FOSSの開発者達は、アクセシビリティー標準に適応するために必要な努力を惜しんではいない。たとえばOpenOffice.orgなどは、いくつかの問題点は残されているものの、JAWSスクリーン・リーダーとの互換性を確立している。またFree Standards Group's Accessibility Workgroup(FSGA)は、LinuxおよびUnixにおけるアクセシビリティー標準のドラフト案に対するフィードバックを求めている。

障害者の権利擁護派が唱える反対意見を理解するにあたり、ここではイタリアに在住する障害者コンピューター・ユーザであるFabrizio MariniとPaolo Pietrosantiの両氏の体験を見てみよう。

盲目のイタリア人新米Linuxユーザ

私が最初にアクセシビリティー・ユーザとコンタクトしたのは、昨年夏に地元のLUGに寄せられた、コンピューター・サイエンスの学生Fabrizio Marini氏からのリクエストを受けてのことだった。Marini氏は、彼のPCにSUSE 9.2をデュアル・ブート・モードでインストールして、Brailleターミナルに必要となるドライバのダウンロード、コンパイル、インストールをサポートしてくれる人を探していたのだ。その求めに応じたのが、私であった。その後、LUG Romaから別のLinuxユーザであるFabrizio Sebastiani氏も参加して、Marini氏がLinuxをマスターするための支援を行った。

GRUBが作動時にビープ音を鳴らしたときなどは、Marini氏は大いに感激してくれたものだった。これは起動させるオペレーティング・システムの指定タイミングを告げるだけのものだが、それまで同氏は、このタイミングをハード・ディスクのノイズ音の変化から推測していたのである。またMarini氏は先日、Linuxで電子メールを使えるように、MuttおよびPostfixの設定ファイルに必要な変更を加えることに成功した。これらの操作をするにあたってMarini氏が頼りにしたのは『Appunti di Informatica Libera』(フリー・インフォメーション・テクノロジーに関する覚え書き)というGNU/Linux用のガイドだったが、驚くべきことにこのガイドは8,839ページという長大な分量で構成されていたのだった。

こうした成功に自信を深めたMarini氏ではあるが、彼を取り巻く状況は理想とはほど遠いと感じている。たとえば同氏によると、「イタリア語のスピーチ・シンセサイザーまたはbrlttyドライバ対応のBrailleターミナル」の認識と「ブートが可能なディストリビューション」というものは未だ見つかっていないと言う。そして現状で唯一利用可能なソリューションは、Linuxのインストールを支援してくれる協力者を探し出すことだ、というのがMarini氏の意見だ。

インストール作業を終えたMarini氏に待ちかまえていたのは、多くの初心者が直面するのと同じ問題であった。「Linuxのドキュメントの大半は、いまだに技術的な内容に偏りすぎていて、初心者が簡単に理解できるものではありませんね」とMarini氏は語る。特に障害者ユーザにとっては、アクセシビリティーに完全対応していないリソースを扱わなければならないというハンデが伴うのだが、皮肉なことに、Linux対応版の障害者支援用テクノロジーに関するオンライン・ドキュメントの中にも、そうしたリソースが存在しているのだ。実際、この話を聞かされたときに私が思い出したのは、スクリーンショットが満載された多数の初心者用チュートリアルであった。

Marini氏は、Linux用のスピーチ・シンセサイザーおよびスクリーン・リーダー・プログラムのテストを現在も続行している。同氏が最初に感じた印象も、多様性は必ずしもいいとは限らない、というものであったと言う。

多数のプロジェクトが存在してはいますが、どれも高い目標を掲げてスタートしたものの、実用段階に達する前に道半ばで頓挫したものばかりです。これは私の意見ですが、開発者は単一の製品にもっと集中すべきか、あるいは数を減らすことによって、事態はより良くなるのではないでしょうか。

政治的な視点

Paolo Pietrosanti氏は、General Council of the Radical Partyのメンバーであったが、1993年に失明した。これを機に同氏は、「障害者が頼るべきは、費用を必要とする介助者ではなく、納税者達である」と気づいたと言う。そして2年後、ローマ市の提供するサービスのいくつかをFOSSプラットフォームへ移行するというアナウンスが市当局から出された。GNU/Linuxのファン達はこれを歓迎したが、Pietrosanti氏はローマ市長への公開質問状を提出し、「Linuxの選択は視覚障害ユーザの排除を意味することを承知しておられますか?」という質問を浴びせた。同氏の論点は、マサチューセッツの会合で出されたものとよく似ていた。

Pietrosanti氏は、フリー・ソフトウェアに反対しているわけではない。「私にとって、何が真の問題かと言いますと」とPietrosanti氏は語り、「(情報と雇用への)アクセス権を保障することと、それに違反した場合の罰則規定を設けることなんですよ」としている。Pietrosanti氏が求めているのは、オープン標準が原因となって障害者ユーザが雇用の現場から排除されることのないことを保障させ、違反があった場合には、障害者ユーザが自らの権利を守るために訴訟を起こせるための機構を整備しておくことである。

どのオペレーティング・システムがより優れているかという論争に対しては、Pietrosanti氏も無関心を示している。同氏の言葉を借りるなら、「これから利用しようとする道路がどんな状態なのかすら把握できていない段階だというのに、そこを走る車はどのタイプが適しているかを論じることで時間を無駄にするなど、論争の部外者にいる者のすることじゃない」ということになるだろう。

FOSSの擁護派もそうであるように、同氏による問題の核心への言及では、やはり自由という単語がキーワードとしてもちだされている。「ソフトウェアが専用品なのかフリー(つまりは自由)であるのかは、私にとってはどうでもいいことなんですよ。問題は、個々の人間が実際に自由に使えるかどうかなんです」。たとえば同氏は自身のホーム・ページにおいて、デジタル世界においても依然として視覚障害者ユーザは自由にものを読むことができないという現状を取り上げており、その理由はライセンスの問題などではなく、「正気を失ったこの社会では、すべてのコンテンツをデジタル・フォーマットとして利用できるよう強制しないことで、実質的に視覚障害者ユーザによる読書を禁止しているに等しいんです」と糾弾している。

Pietrosanti氏によると、すでに同氏は必要とするすべての作業をWindowsのシステムとソフトウェアで行っている、ということである。それでは何が問題なのかということだが、これについてPietrosanti氏は、「ソフトウェアの開発や配布の方式、あるいはそれによって私の権利がどう守られたり制限付けられるのか」ですね、としている。

まとめ

ヨーロッパにしろアメリカにしろ、障害者ユーザとFOSSコミュニティーの間に折り合いが付くまでには、まだまだ片づけるべき課題が多数残されている。障害者ユーザ側に欠けているのは、他の人々と同様のニーズと権利を彼らも持っているという認識であり、それはたとえば、政府のドキュメントであれ各自の私的なドキュメントであれ、それらを自分自身で完全に操作できて、継続的なアクセスをするという権利である。また、用いるソフトウェアのタイプによっては、彼らがより広範な雇用の機会を享受できる可能性があるという事実に気づいていないという側面もある。このデジタル万能の世界において、そうした認識の欠如は高いものにつくかもしれない。

同時に、FOSSオンリーのプラットフォームは多くの障害者ユーザにとって簡単に扱えるものでない、ということも疑いの余地はない。この点に関しては障害者ユーザ側も努力を払っており、FOSSコミュニティー側の開発姿勢には問題があることを、コミュニティーの全員とはいかなくても多くの開発者に気づかせようとしているようである。Pietrosanti氏の言う「実際に自由に使えるか」という点は、特殊なニーズを抱えた者による例外的な反応では片づけられない問題である。一部のマニア以外の人間がGNU Manifestoを読めばこれと同じ反応を返すであろうし、それはこれらの人々が理解力に劣っていることを意味するものではない。たとえば、ある職場の上司が「来月から君たちは、今まで聞いたこともないプログラムを使わなければならず、その操作性はこれまでと完全に違ったものになってはいるが、これは何かよく分からないソフトウェア・エンジニアリング上の理論に基づいているものだそうだ」と言い出したら、多くの事務職員は訴訟を起こすか、最低でもこの決定を思いとどまらせようとするだろう。障害者ユーザも、これと同様の法的な対抗措置をとることができるのである。

短期的な課題は、FOSSコミュニティーが障害者ユーザの問題にどう取り組むかである。最優先の事項は、ドキュメントの再整備であろう。個人でできる貢献としては、たとえば自分が頻用しているFOSSツールがあれば、その操作マニュアルを書き直し、これを横で読み上げてもらえれば、それだけで実際に目隠しをしていてもツールの設定ができるレベルに仕上げることなどがあるだろう。また、地元のLUGに参加していれば、障害者ユーザのインストール操作をサポートするためのボランティア体制を整備することもできるはずだ。自分がそうした活動をしているならば、障害者の権利擁護団体に連絡して、そうした運動があることを知らせることも忘れてはいけない。そうすることで、彼らが実際に必要としているニーズを、自分たちのコミュニティーにフィードバックしてもらえるかもしれないからだ。

長期的な課題としては、FOSSを用いたアクセシビリティー・インフラストラクチャー開発を促進するために、公的な財源の整備や研究プロジェクトを設立するようロビー活動を繰り広げる必要性もある。多くの問題を解決できるその他の活動としては、公的資金でアクセシビリティー・ソフトウェアを購入する場合は、OpenOffice.orgまたはLinuxと併用可能なものしか認めないことを法制化することであろう。それ以外にも何か提案があれば、是非とも私宛に御一報頂きたい。また、FOSSと障害者ユーザとの間の今後の協力体制に関する提案も歓迎している。

原文

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最終更新:2007年07月01日 19:05