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BarCampEarthレポート:バンクーバーの場合

2006年08月31日 11:24
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先週末、BarCampの誕生1周年を祝うBarCampEarthの一環として、全世界20カ所以上でBarCampが実施された。これらのイベントの根底に流れる精神と早くもそこに形成された伝統を理解するため、先週金曜、土曜の2日間(8/25、26)はカナダのバンクーバーで行われたBarCamp Vancouverに参加してきた。実際に会場に行って時間を過ごし、ついでにTシャツまで獲得した身として言わせてもらうが、このイベントの発表の質や人脈作りの機会は、少なくともその20倍か30倍もの費用がかかる公式のカンファレンスに決して引けをとらないものだった。

BarCamp Vancouverの準備は主として、BryhtRaincity Studiosの社員、そして著名な地元のブロガーDarren Barefoot氏といったバンクーバーのブログコミュニティによって進められた。バンクーバーでのBarCamp開催を最初に提案したのがBryhtのRoland Tanglao氏であり、昨年のBarCamp Amsterdamの準備にも協力している。ただし、開催準備の大半を取り仕切ったのはRaincity StudiosのCrystal Williams氏だった。今年シアトルで開かれたDrupalCampの実行に携わり、近く予定されているBarCamp Shanghaiの準備にも加わる人物だ。

120名もの参加者には、ウォールWikiの設けられたBarCamp Vancouverが非公式なイベントに見えたかもしれない。ウォールWikiとは絵や略語が書き込まれた大きな紙をテープで壁面に留めたもので、土曜の朝にやって来た発表者たちが適当な時間帯を示す場所にポストイットを貼り付けることによって、その場で発表スケジュールが作成される。しかし、Williams氏と話をしてからは、非公式なイベントという印象はすっかり消えた。サインアップWikiを準備するのは簡単だが、それ以外にも会場、スポンサー、無線LAN、イベントTシャツ、机と椅子、ビール、朝、昼、晩の食事、スナック菓子、そして会場の設営および清掃をするスタッフの手配も必要だったのだ。

準備を進めるうえでの障害は、事後評価に加えて予算と組織の一覧を公開するというBarCampで生じた伝統によって緩和されている、とWilliams氏は説明し、「計画の多くはコピーペーストするだけで済みますし、私たちが経験から獲得した知識も増えつつあります」と話している。

The BarCamp schedule
BarCampのスケジュール ― クリックで拡大

それでも、状況に依存する多数の細々としたことに気を配る必要がある。今回のイベントを少なくとも参加者側から見て支障なく円滑に運営すべく、こうした諸々のことすべての準備と実行がスポンサーや参加者からの寄付によるわずか4,100カナダドルの予算で賄われたという事実が、主催者たちの熱意と有能さを証明している。

金曜の夜

金曜の夜に予定されていたのはバーベキューパーティーだった。会場となったBryhtの新オフィスは、急激に洗練化が進む下町のはずれに位置する観光客向け商店街ガスタウンにあった。受付のデスクではRoland Tanglao氏とスリングにくるまった乳児を抱えた女性に会い、Tシャツを受け取った私は急に増え出した群衆の中を歩いてまわった。すぐにわかったのだが、その大半はブロガーやグラフィックデザイナーで、フリーおよびオープンソースソフトウェア(FLOSS)コミュニティのメンバーは2割ほどだった。20代か30代の参加者がほとんどだが、より年配の方の姿もちらほら見かけた。忙しそうにブログの書き込みか電子メールのチェックしている人々の肩越しにPCの画面を覗いていると、確かに2台のUbuntuデスクトップが目に入ったが、大多数のマシンではMac OS Xが走っていた。

金曜日唯一の公式イベントは、伝統的なわずか3語での自己紹介(ありきたりのものよりも型破りなものが賞賛されるのがならわし)で、何事もなく終わった。私は年齢を理由にして早々に引き上げて眠りに就いたが、後で聞いたところ、深夜にKris Krug氏が10数名を引き連れて下町のナイトクラブを何件も廻ったり、BarCampの伝統にならって半ブロックほど離れたところに新しく開設されたWorkspaceオフィスで一晩を過ごした者が約7、8人いたりしたようだ。また、テントが設営されたという噂もあったが、土曜の朝に私がやって来たときには姿を消していた。

土曜日

土曜になるとBarCamp Vancouverはペースアップした。8:30の朝食でベーグル、マフィン、新鮮なフルーツと熱いコーヒーが振る舞われた後、各参加者は最終調整のために掲げられたスケジュール表の周囲に集まった。そして午前10時まで各発表が行われた。

どのカンファレンスでも同じだが、BarCamp Vancouverでも興味のある発表のすべてを自分1人では聞ききれないほど多くの発表があり、数えてみたところ、50件以上の発表が予定されていた。諸事情によって私が聞き逃した話題としては、Ruby on Rails、ギークのためのヨガ、Mac OS XにおけるPython、ソースコードの分析、MotherCorpのハッキング、があった。最後のものはCanadian Broadcasting CorporationのTod Maffin氏によるフィードバック・セッションで、ソーシャルテクノロジを従来のメディアにどのように組み入れられるかを扱ったものだった。

以下では、どうにか出席できたものを紹介していこう。

Yoga for Geeks
ギークのためのヨガ ― クリックで拡大

  • Raincity StudiosのCEO、Roland Scales氏による「オープンソース・ビジネス」では、オープンソースのビジネスモデルはDrupalやRubyのようなテクノロジへの取り組みだけには終わらないという彼の信念が述べられた。それどころか、Scales氏は自らのビジネスを協同事業として構築することを試みており、十分な手当てや賞与を提供すると共に各種カンファレンスへの従業員の参加を奨励している。また、彼は有望な顧客に対応できない場合に企業どうしが互いに顧客を紹介し合えるように、同業他社との互恵的関係の構築にも努めている。Raincity Studiosは株式上場していないにも関わらず、彼は昨年、同社の財務状態の公開 まで行っている。カナダのプライバシー保護法により、個々の従業員の給与や個別の契約額の詳細こそ明かせなかったものの、それぞれをまとめた数値は確かに公表された。モホーク刈りの頭と全身黒ずくめの衣服を誇らしげに見せながら、「私は何事もオープンにしている。実はクスリもやっているんだ」と冗談を言っていた。ただ、こうしたユーモアにも関わらず、Scales氏の場合、そのビジネスモデルはどうやら彼の生き方ほど話題性のあるものではなかったようだ。

  • Ryan Cousineau氏は、SF作家Theodore Sturgeonの「どんなものでも90%は無意味」という主張に絡めた「Sturgeonの啓示」という発表を行った。具体的には、役に立つ書き起こしが存在せず長過ぎることが多いポッドキャストが取り上げられた。ブロガーやポッドキャスターが数多く集まっていたため、議論はすぐに盛り上がりを見せた。その内容は、Cousineau氏の意見がテキストへの過度の偏重を示すものなのかどうか、ブログやポッドキャストのような新しいメディアの利用数が圧倒的に増えたのは、1980年代のデスクトップパブリッシングや1990年代のスライドによるプレゼンテーションに匹敵するそうしたメディアの長所と短所を人々が学んだことによる必然の結果なのか、というものだった。

  • Kate Milberry氏の「ギークとグローバルジャスティス」という発表では、Simon Fraser Universityコミュニケーション学部での彼女の博士論文の内容が述べられた。Milberry氏はインターネットや最近のソーシャルテクノロジがどのようにグローバルジャスティス運動(反グローバル化運動とも呼ばれる)を支援されてきたか、また効果的な代替メディアの創出につながったかを説明していた。彼女は、この運動の推進がFree Software Foundation(FSF)の取り組みに相当するものであり、場合によってはFSFによる運動拡大もあるとの見方を示していた。

  • ルーマニアからやって来たLucian Savluc氏は、2007年にRomanian Open Source and Free Software Initiativeが主催する国際カンファレンスeLiberaticaの準備活動について語った。共産主義の崩壊以来、ルーマニアは大手ソフトウェア企業の注目を集めてきた、とSavluc氏は説明した。独占的ソフトウェアに対するフリーソフトウェア側からの一般的な反論が共有されたほか、独占的ソフトウェアの発展が基本的な人権に害を及ぼす可能性や、ルーマニアが安価な労働力の供給を停止したときに何が起こるのか、といった懸念が述べられていた。彼はカンファレンスの講演者を探しているところで、できるだけ早く日程を告知するつもりだとも語っていた。

  • British Columbia Institute of Technologyに勤務するMichael Stewart氏は、インターネット上で個人の身元情報を管理するテクノロジを規格化を目指す活動、Identity 2.0の現状を解説した。Stewart氏によると、こうした標準規格を生み出す3つの主な動きとして、企業を中心としたLiberty AllianceとOpen ID、それにBarCamp Vancouverのスポンサー企業の1つでもあるSxip Identityがあるそうだが、消極的な歩み寄りのなかで「すべてがOpen IDに集約されつつある」という。ただしその動きは遅く、インターネット上で信用を確立すること ― つまり、人々が確かに自ら語っている身元通りの人物であることの確認 ― の難しさがその大きな原因になっている、と彼は語った。

6トラックの同時進行で8時間に及ぶセッションが行われたため、ここで紹介できた発表はわずか半時間分のセッションにしか相当しない。多くの参加者と同様、午後の始めまでに心的な疲労ですっかり参っていた私は、予定していたセッションへの出席を見合わせ、参加者との個人的な会話を楽しむことにした。ラウンジで行われていたセッションをこの日最後まで聞き続けていた参加者も多かった。というのも、このラウンジは会場のなかで最も涼しく、しかも非常に快適な椅子が備えられていたからだ。

BarCamp Vancouverに閉会セレモニーがなかったのは残念だった。おそらく、フィードバック・セッションにそうした意味が込められていたのだろう。結果として、私はBarCamp Vancouverがいつ終わったのかを正確にお伝えすることはできない。ただわかっているのは、セッションが行われている間、私が昔の知人とホールで話し込んでいたことだけだ。次に様子を見に行ったときにはセッションは終了していて、Workspaceオフィスには連れ合いのないブロガー数名のほかは誰もいなかった。また、掃除に勤しむ実行委員の姿がBarCamp Vancouverの終了を知らせていた。

伝統の保護

BarCamp Vancouverでの金曜の夜は十分に楽しめたが、ハイテク装備の人々向けにネットワークを使ったイベントがあってもよかったのではないかと思う。しかし、土曜日の各種発表については、そのすべてを聞かなくても、以前、存分に楽しんだイベントLinuxWorldやO'Reilly Open Source Conventionにも劣らないほど知的な刺激が得られる体験だったことがわかった。

これほどの刺激が得られた理由の1つは、ほとんどの発表が半時間以内に制限されていたことにある。どんな専門家が自慢の話題を発表しようとも、その時間内でしか話ができない。この30分という時間は好奇心を満足させるには十分だが、退屈に感じたり、発表中に退出するという非礼を働くには短いのだ。

BarCamp session in progress
実行中のBarCampセッション ― クリックで拡大

もう1つの理由は、多くの人々が考えているよりもバンクーバーと世界中の技術的なコミュニティとのつながりが深いことである。この地域はシリコンバレー、シアトルに次ぐ第3のハイテクエリアであり、こうした分野に携わる人々には事欠かない。たとえば、BarCamp Vancouverに参加した地元のブロガーの1人、Alexandra Samuel氏はタグ付けのエキスパートとして広く知られており、またZak Greant氏はMozilla Corporationで働くと共にGNU General Public Licenseバージョン3(GPLv3)の草稿にも関わっている。その他多くの人々も、プロジェクトの中心人物ではないにせよ、豊富な知識を活用して選ばれたコミュニティで活動している。

Messina氏は確かに「実際のところ、プレゼンテーションとは通路で話し合いを始めるきっかけのようなものだ」と述べている。彼は具体的にBarCampについて言及していたが、この発言はどんなカンファレンスにも当てはまる。私はもっと大規模なカンファレンスで丸1日過ごしたときと同じくらい多くのチェックすべきサイト、伝えるべき参考情報、想定される記事の導入部を頭に入れてBarCamp Vancouverの会場を後にした。なお、各セッションの参加者はたいてい6~12人程度だったので、通路にたどり着かないうちに議論が始まることも多かったようだ。

だからといって、BarCamp Vancouverに欠点がなかったわけではない。新しい現象はどれもそうだが、ときには不快感さえ覚えるほどの自己満足の雰囲気を関係者から感じることがある。こうしたわずかな困惑はあったとはいえ、やはり今回のBarCampに参加できたことを嬉しく思ったし、次回も参加しようと考えている。

一方、BarCampの伝統の1つになっているのが、その様子を参加者がブログに残すことだ。ジャーナリストとは所詮、ブロガーがプロになったような存在なので、私もこの記事を書くことでBarCampの伝統を守ったことになるわけだ。

BarCampの起源

BarCampは、O'Reilly & Associatesがテクノロジ・イノベータとビジネス経営者を引き合わせるために実施したFoo Campに応じる形で開催されたのが最初である。Foo Campは2005年までに2つの反響を呼ぶことになった。1つは参加者が現地で発表の申し込みと準備を行えることに対する強い関心、もう1つは発表の再度実施を求められなかった発表者たちに生じる後悔と失望の念である。

どちらの反響も大いにブログに書き込まれた。こうした動きについて意見を交わしたTantek Çelik、Andy Smith、Chris Messina、Ryan Kingの各氏は、Foo Camp形式のイベントを独自に実施することを決めた。最初のBarCampは6日間で準備され、昨年8月19日~21日にカリフォルニア州パロアルトにあるSocialTextのオフィスで開催された。20名ほどと見込んでいた参加者が300名以上も現れたことに主催者たちは驚いた。また、参加者の多くはこのイベントを再び体験したいとの希望を強く表明したという。

また数週間後には、アムステルダムで行われたO'Reilly European Open Source Conventionの会場に多数の催しを行うだけのスペースがなかったことから、急遽BarCamp Amsterdamが開催された。それ以来、BarCampのアイデアは各地に広まり、昨年は40を越えるBarCampが実施され、来月は少なくとも10件以上が予定されている。ほかのコミュニティもこのアイデアに飛び付き、WineCamp、GovCamp、CaseCamp(マーケッター向け)、Mash Pitといった名前で各種イベントを実施している。なお、Mash Pitは自ら「共同ハックマラソン(hackathon)」を標榜している。

「こうしたイベントが流行り出すとはまったく思っていなかった」とMessina氏は話している。「しかし、テクノロジに取り組む人々には直接人と会って話したいという隠された思いがあるのだろう」

Messina氏はBarCamp成功の理由として、Wikiなど運営に利用したソーシャルネットワーキング・ツールの登場を挙げている。当初、これらのツールは孤独で世間から隔絶されたギークの生活スタイルを示す新たな徴候のように見られていた。だがMessina氏は「我々の本来の対話形式はフェイストゥーフェイスだ。こうしたツールは、正しく使えば人々を引き合わせる幸運のキューピットの役割を果たしてくれる」と述べている。

ただし、Tim O'Reilly氏(最初はBarCampのアイデアに無関心だったがその後苦言を呈するようになった)が警告するように、BarCampには規模の点でいくつかの問題がある。ほとんどのコミュニティにはBarCampのようなイベントを実施できる公共の場があまりない、とMessina氏は話している。実際、会場探しは多くのBarCampで大きな問題になってきた。イベントをもっと細分化すればこの問題は解決できるだろう、と彼は述べている。

Messina氏によると、BarCampは地域の技術コミュニティだけでなくFlockのような数社の企業の設立にも貢献してきたという。「我々は世界的規模の共同体を結成しつつある。本当に私は我々のコミュニティとそこから構築されたものに心を踊らせ、誇りを感じている」とMessina氏は語る。彼はBarCampEarthを「Burning Manフェスティバルに対するBarCampの回答」だと述べている。

Bruce Byfield氏はセミナーのデザイナ兼インストラクタで、NewsForge、Linux.com、IT Manager's Journalに定期的に記事を掲載しているコンピュータジャーナリストでもある。

NewsForge.com 原文

Bruce-Byfield(2006年8月28日(月))
2007年07月01日 19:05 更新