意欲を支える内的要因と外的要因
Dunc-Tankの活動理念については、同団体についてのアナウンスがされたその日から、様々な反論が寄せられている。例えばその1つは、Debian開発者の1人であるLucas Nussbaum氏が自身のブログに掲載し、その後多数のディスカッショングループで取り上げられた記事であるが、これはGNOMEのメンバであるLuis Villa氏の調査結果を引用したもので、その内容は、プロジェクトの「有志のボランティア参加者に対して報奨金を支払うようになると、全体的な活動意欲を低下させることが往々にしてある」というものであった。
同氏がブログに掲載した内容によると、Villa氏がまとめた報告とは、メンバの参加動機を「自らが持つ内因的な善意(つまり金銭以外の報酬)」とするボランティア参加型の活動グループにおいて報奨金制度を導入した場合に生じうる問題を、オンライン上で調査した結果である。その中で典型例として取り上げられているのは、イスラエルにおけるデイケアセンタにて子供の迎え時間に遅刻した保護者への罰金制度を導入したところ、そうした遅刻件数が導入後に増加したという事例である。結局この罰金制度は廃止されたのだが、廃止後も遅刻者数は導入以前のレベルには低下しきらなかった、とのことだ。こうした事例が生じる背景には、金銭的な授受を伴う制度を導入すると「自由な意志による自発的な決定という感覚」や「他者の手助けをしたいという意欲や、そこから得られる喜び」というボランティア協力者の士気を低下させるという理由があるよう思われる。
Villa氏がNewsForgeに語ったところでは、「私個人がこうした結論につながる体験を、GNOME関連の活動において遭遇した訳ではありません」ということであり、つまり同氏のブログ記事はあくまで学術的な目的で行われたものであって、何らかの特定の行動を促すものではないということだ。その一方で先のNussbaum氏によるVilla氏の調査結果の引用は、単にDunc-Tankだけではなく、Googleが実施したSummer of CodeおよびGNOMEの Women's Summer Outreach Programというフリーソフトウェア開発者に対する報奨金プログラムに対して疑問を提示する、という流れの中で扱われている。
こうしたNussbaum氏のコメントは事態を単純化しすぎていると捉えているのがTs'o氏であり、その反例として、チャリティ活動の中には、無償参加型のボランティアと雇用者形態の有償参加者が混在しているところが多く存在することおよび、一般に後者のタイプの参加者は、通常の労働に従事した場合よりも少ない賃金で働いているということを取り上げている。「仮に、すべての人間にとって金銭的な報酬が一番大切というのであれば、おそらく誰もDunc-Tankからの基金を受け取りはしないでしょうね。それであるなら、より高額の報酬を得られる可能性のあるGoogleで仕事をする方がいいでしょうし、あるいはMicrosoftという手もあるでしょう」と同氏は語っている。
またTs'o氏は、同氏の15年に及ぶカーネル開発の経験から「それだけではなく、現在ではコアカーネルの開発者の大部分はボランティア活動者から賃金労働者に移行しており、私の体験からしても、こうした変化に対してLinuxのカーネルコミュニティで何らかの反対運動が生じたことはないと認識しています」とも語っている。
Hertzog氏は「何らかの問題が生じる可能性があることは、私たちも心得ております」とする一方で、金銭的な報酬制度を導入することはDebian開発者の間に意欲の向上をもたらすであろうことを示唆している。同氏は「多くのDebian開発者にとって、作業に対する意欲が感じられるのは、状況が動き出したときです」と語ることで、プロジェクトのリリースサイクルが長期化することに多くの人間が不満を感じている点を指摘し、「(スケジュールどおりに)12月にリリースすることは、私たちも含めたすべての人々にとって最大の報酬となることは間違いありません。予定どおりにリリースしつつも、従来どおりの品質を保つことは可能だということを、是非とも証明したいですね」としている。
将来的な動向
Hertzog氏は、今回のリリースマネージャに対する報奨金案を「最初の実験」と表現している。そしてこの実験の終了後のことであるが、Ts'o氏の示唆するところでは、開発者に対する報奨金制度というコンセプトの成否を審査するのは、Dunc-Tankの審議会およびサポータが最適な立場に立つだろうということだ。
既にHertzog氏は、報奨金制度下でDunc-Tankを運営していく上での方針作成に着手している。「この方式はすべてのDebian開発者に関係することになるでしょうし、あるいは最低でもこれらの人々が参加する機会を増やすことになるはずです」と同氏は語る。またHertzog氏は、現状で議論され尽くした訳でもなく、Dunc-Tank内部での賛同者も少なく、Debianコミュニティ全体での承認を得た訳でもないと前置きしつつ、同氏が現在構想しているものとして、Debian開発者が基金ベースのプロジェクト活動を提案するためのwikiを設立する考えがあると説明した。そこでは、どのプロジェクトに資金を与えるかを、寄付金の提供者が選択するか、あるいはすべてのDebian開発者に投票件を与える形で決められることになるだろう。
その他にHertzog氏が構想しているものとしては、提案される内容が現実的なものとなるための指針を設けることがあり、また可能であればDebian開発者の互選による審議会を設立して、将来的に生じるであろう、プロジェクト中断時の処置や過去にフリー形式で運営されていたプロジェクトに対する資金割り当てなどの問題に対処することを考えているとのことだ。またTs'o氏によると、Dunc-Tanksにおける活動指針を改正し、現行の審議会メンバ間による合議制を廃して“正式な内規”を定めることもあり得るという。
これらはどれも野心的なプランであるが、Hertzog氏自身も、当座は待ちの時期であることを自覚しているという。いずれにせよ現状におけるDunc-Tankの目標は、最初の実験に成功することである。同氏によると、これが終了して初めて「Debian内部での討論が継続されることになり、この実験についての議論の中に現実を反映した要素が取り込まれ、より理性的な意見を交換できるようになるはずです。逆に言えばそれが行われない限り、Lucas Nussbaum氏がブログで言及していた事例のように、各自がそれぞれの主張を裏付ける学術的な研究を担ぎ出すことに始終するだけであって、そんな文章を読み上げ続けているだけで何らかの結論に到達できる訳がないのです」ということになる。
Bruce Byfieldは、コースデザイナ兼インストラクタ。またコンピュータジャーナリストとしても活躍しており、NewsForge、Linux.com、IT Manager's Journalに定期的に寄稿している。
