パネル4:法的観点から見たソフトウェア特許
パネルの第4部はGeorge Washington University Law Schoolの John Duffy教授による、ソフトウェア産業とその他の産業分野における特許のあり方は、これまで言われていたほどの差異はないという旨の発言で始められた。つまり、境界線の不鮮明さ、複数の革新的製品の並立状態、企業規模の小ささ、分散環境下での開発活動などは、どのような産業分野にも共通する要素なのだと。また、USPTOは曖昧性の高い特許に許諾を与えていると言われるが、それはソフトウェア産業にだけ特有の問題ではないと説明されていた。Duffy教授の見解に従えば、特許というシステムに共通するより明確な基準が確立されるべき、ということになる。
アメリカにおける特許関連法について語ったのは、University California Berkeley School of LawのPeter Menell教授であった。ソフトウェア特許にせよビジネス特許にせよ、特許として受理されるものは、35 U.S.C. 101に定められた「process」(プロセス)であることおよび、Report No. 1979, 82d Cong., 2d Sess.にある「anything under the sun made by man」(人の作り出したこの世に存在するすべて)という1952年に制定された要件を満たす必要がある。法解釈上ここで言う「process」とは、物理的な効果を生み出す製品であると見なされており、そうした意味においてソフトウェアは含まれないことになる。この第101条にある文言が定められたのは、1952年というソフトウェア産業が誕生する以前の話であり、同条文の起草者にとっては、この内容が将来的にソフトウェアという存在をカバーすることになるかなどは思いもよらなかったはずである。また第2の要件である「anything under the sun」(この世に存在するすべて)という記述を論拠として曖昧性の高い特許申請を許すのにも問題があり、言外の要請として第101条などの関連条項も遵守させる必要性から、この要件は「anything under the sun that is made by man, but it is not necessarily patentable under section 101 unless the conditions of the title are fulfilled」(人の作り出したこの世に存在するすべてが対象となるが、それだけでは必ずしも第101条の定める特許出願物になるとは限らず、そのためには同条項の条件を満たす必要がある)とされている。Menell教授は裁判所や特許システムに対して、物事をより広い視野でとらえ、歴史的な背景も考慮に入れることを求めていた。
Boston University Law SchoolのMichael Meurer教授は、特許の分類法についての説明からスタートし、境界線の不鮮明さ、特許情報への公的なアクセス、所有という枠組みにとらわれない財産権、特許認可に要するコストなど、関連する様々な問題を列挙した。同教授は財産権と所有についての問題を説明する際に、かつて教授の父親がカモ狩りに出掛けていた当時の話だとして、「仮にカモを1匹しとめたとしても、それだけで群れ全体の所有権は主張できない、というのが当時の共通認識でした」という例え話を持ち出した。つまり先のDuffy教授とは異なり、Meurer教授の主張では、特許問題はソフトウェア産業でこそより深刻な意味を持つ、ということになる。実際、USPTOは現在こうした問題点の一部をリフォームすべく検討を進めているところであるのだが、有効な変更を施すにはロビー活動が不足しているとのことだ。またIBMは、特許の申請企業だけではなく個人としての発明者も申請者名に記載することで、特許の透明性を高めるべきだと提案している。
University of Akron School of LawのJay Draftler教授は、化学とソフトウェアの分野における特許の相違点から話を始めた。つまり何らかの化学反応について特許を申請した場合、特許として認められるのはそこで使われる触媒だけであり、問題の反応式に関与しうる化学物質のすべてが特許に含まれる訳ではない、ということである。これに対してソフトウェアの場合は、フローチャート全体が特許の対象物と成りえるため、その点では他の分野よりも窓口は非常に広いと言うことができる。次にDraftler教授は話を特許申請に絞り、前述の第101条における「whoever claims」(申請をするいかなる者)という文言に着目して、これがソフトウェアに対しても適用できるかを説明した。同教授による結論は「適用できない」ということではあるが、この文言については今後も引き続き検討をしてゆきたいとしている。
Draftler教授が指摘したのは、ソフトウェア開発は必ずしも新奇的な考案を意味しない、という点である。つまり新奇的な考案を行うには、テクニカル的なリスクを負う必要があり、必然的に失敗をするリスクも伴うと。この点、ソフトウェア開発の場合は、そうしたリスクが不可避という訳ではない。つまり、ソフトウェアの保護には特許よりも著作権というシステムが適しているのには、そうした理由があるのである。Draftler教授の説明にて、特許戦略にまつわる失敗談として取り上げられていたのが過去30年間における最大の特許取得者であるIBMであり、既に同社はその特許資産のかなりの部分をパブリックドメインとして公開しているとのことであった。
パネル5:討論会:今後の活動およびリフォームのオプション
パネルの第5部の先陣を切ったのはSoftware Gardenの代表を務めるDan Bricklin氏による、特許審判における控訴尋問の場で不十分な知識しか持たない陪審員によってもたらされる問題についての討論であった。つまり、特許侵害を問われているテクノロジを実際に使用したことのある陪審員がいない場合、ないしは、どの陪審員もそうしたテクノロジと原告側の主張する特許との関連性を理解できていない場合、というのが現実に起こりえるのである。Bricklin氏は今後の希望として、陪審員の中の最低1人は審議対象のテクノロジを使用した経験を持つものを選ぶようにし、陪審員への報酬も弁護士並みに引き上げて、審議に必要な知識の収集に費やせる資金的余裕を持たせるようにできないものかとしていた。特許審判における控訴尋問が重要であるのは、そこでの結果が「究極的な先例として」当該特許が用いられる産業全体に影響を及ぼすためである。
Progress and Freedom Foundationで非常勤上級研究員を務めるSolveig Singleton氏の語るところでは、ソフトウェア特許に関連した問題の山積状況に対しては、例えば特許というシステムを完全に撤廃するという極論から、現行の特許審査制度を改善するという穏健案まで、非常に多数のソリューションを想定することが可能だということだ。同氏によると、いずれのソリューションを採用するにせよ、必要なのは関係者の動機を高めることと、特許申請の評価過程をリフォームすることである。例えば行政機関としてのUSPTOに行動の一貫性が欠けている理由は、それを行おうとする大きな動機がこの組織に存在しないためであるが、これと対照的なのが軍隊という組織であって、そこでは敵兵を倒すという動機が存在し、そのために関係者全員が最善の努力を払うようになっている。
ソフトウェア特許の持つ曖昧性について解説したのは、Brookings Institutionで客員研究員を務めるBen Klemens氏であった。同氏が具体例として取り上げたのは、全米大手の書店チェーンBarnes and Noblesが展開したオンラインストアに対するAmazonによる訴訟事件である。つまりこのような非ソフトウェア系の企業であっても、IT部門を運用しようとすれば、ソフトウェア特許の持つ曖昧性に起因して、何らかの特許侵害に巻き込まれる可能性からは逃れられなくなっているのだと。こうした観点からKlemens氏は、パテントトロールという行為を「知識を持つ者が、正しい知識を持たない者に対して特許侵害訴訟を仕掛けようとすること」という独自の定義で説明している。またKlemens氏は「特許というシステムに辟易した法律家が多数存在する現在、何かが起こると期待して良いでしょう」という表現を用いて、立法府である議会よりも司法制度によるソリューションの導出を期待していることを示した。
USPTOのリフォームをする際に避けては通れない問題について言及したのは、Computer & Communications Industry Associationの代表兼CEOを務めるEd Black氏であった。同氏は最大の問題の1つとして、「検討すべきテクノロジを理解している議員が12名程度しかいないこと」を挙げている。Black氏が待ち望んでいるのは、予備知識のない人間がエレベータでの移動時間中に目を通す程度で理解可能な文章でいいから、個々の問題の本質をそれぞれ1枚の用紙にまとめ、これから何を行うべきかを分からせるようにするという作業を、誰かが行うことだそうである。この目標の達成の障害となるのは、Black氏の見なすところの報酬のみを最優先している特許関係の法律家たちであり、そうした人々が最大の発言力を有しているということだそうだ。
最後を締めくくったのは、Software Freedom Law Centerの顧問を務めるRichard Fontana氏による、オープンソースとUSPTOの関係についての説明である。Fontana氏が望んでいるのは特許申請の公開が進むことであり、そうした観点から同氏は、バイオ産業におけるバイオロジカル・デポジットに相当するものをソースコードのデポジットとして構築することを提案した。Fontanta氏は「オープンソースを訴訟の対象とするのは現実的ではありません」と説明し、オープンソースの場合ソフトウェア特許に対して不安を感じる必要性はさほど多くないと結論している。またソフトウェア特許においてオープンソースが大きな役割を果たすようになるのは、パテントトロールや曖昧性の高い特許申請といった行為が廃れた後の話になるだろうとのことだ。ただし、特許訴訟に巻き込まれる可能性は低いとは言うものの、オープンソースの多くは、GPLのv3(2006年7月27日時点の草案)およびv2(1991年6月発行)などの著作権ライセンスの中にアンチパテント条項を記載しておくことで自己防衛を図っているのが現状である。
本コンファレンスの一部は批評大会という趣が強かったものの、様々なバックグラウンドを持つ多数の研究者たちが意見交換できた点は評価すべきであろうし、議論を盛り上げるためにパネラーがあえて反論をする場面などは、それなりの聴き応えがあった。欲を言うならば、より白熱したQ&Aセッションがあってもよかっただろう。今回のコンファレンスから導き出せるのは、現状を変えるための何かが必要だという結論であるが、問題はその行動の主体となるのが司法機関なのか立法府なのか、あるいはUSPTOなのか草の根運動なのかという点だ。近未来に変革をもたらす可能性として一番考えられそうなのは、やはり草の根運動ということになるだろうが、それには特許関係の法律家およびソフトウェアの開発者やエンジニアが協力して参加する必要があるはずだ。
