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ESR氏によるFedoraへの絶縁宣言

2007年02月23日 09:54 Eric-S.-Raymond(2007年2月21日(水))
以下の文面は、ESR(Eric S. Raymond)氏から各種のLinux関連メディアやメーリングリストに送付された書簡を引用したものである(本稿の原文では、HTMLコードの追加を除き、オリジナルの文面がそのまま転載されている)。

私はこの13年間、Red HatおよびFedoraの忠実なユーザの1人として過ごしてきましたが、本日ついに我慢の限界に達しました。それはある(1つの)パッケージのアップグレードを試みた際に、依存性問題に対処するための作業が4時間もの長きに及び、最終的にある些細なファイル間のコンフリクトを回避するための処理を加えたところ、私のシステムが使用不可能な状態に陥ったためです。

こうした現象が生じる主たる要因としては、(1)リポジトリのメンテナンスにおける不備に起因して重要なアップグレードをする際に依存関係が崩れること、および、(2)rpmが静的にリンクされていないことが挙げられ、これにより依存関係にある共有ライブラリが不正に削除されて、回復不可能な状況に陥る可能性が指摘できます。しかしながら真の問題は、こうした状況の奥底により根本的な病根が潜んでいることです。

かつてRed Hat/Fedoraは、技術的な優位、市場の占有率、コミュニティでの権威という点で大きなリードを築いていたにもかかわらず、私はこの5年間において、そうした優位性が捨て去られてしまう過程をつぶさに観察してきました。こうした失敗の多くは、技術および活動方針の双方に関係するものです。その一部を列挙するならば、下記のものが該当するでしょう。

  • 運営上の不備が常態化していたこと
  • 主要なリポジトリを健全な状態に維持し、リポジトリ経由でのアップグレードが可能なレベルを保つことが、まったくできていなかったこと
  • 提出についての手順が過度に複雑かつ不明確で、理解しにくい文章で説明されていたこと
  • RPM開発の方針変更や停滞を容認していたことで、よりいっそうの複雑化およびバグの混入を招き、yumのパフォーマンスを悪化させたこと
  • デスクトップ用のマーケットを実質的に放棄したこと
  • プロプライエタリ系マルチメディアフォーマットへの対応に失敗し、その件について論ずることを拒否する態度を取ったこと

今にして思えば、私は数年前の段階で早めに手を引いておくべきだったのかもしれません。しかしRed-Hat/Fedoraとは長い付き合いであり、各種の問題の解決に向けてかなりの労力を投資していたため、完全に縁を切ることは想像することすら困難でした。

仮に今後Fedoraを取り巻く状況が改善する方向に向かうと考えられるならば、私ももう少しがんばれるかもしれません。しかし、その可能性はないでしょう。長年fedora-develメーリングリストに参加してきた私には、その行く末が見て取れるのです。このプロジェクトの中核を成すグループの雰囲気は不健全な方向に進む一方であり、内向きな姿勢を強め、狭隘な“フリーソフトウェア”というイデオロギーの純粋性へのこだわりを高めるだけであって、Linuxを広めて世界を変革し圧倒的多数のコンピュータユーザを解放するには克服すべき技術および活動上の課題がまだまだ残されているのに、そうした問題との乖離は広がるだけでしかありません。

Fedoraが逃避を決め込む一方で、むしろこうした課題に積極的に取り組んできたのはUbuntuであると私は見ています。Canonicalは最近Linspireと提携を結ぶことで、WMFなどのプロプライエタリ系コーデックの合法的な利用手段をLinuxユーザに提供する道を開きましたが、本来ならばこうした活動はRed-Hat/Fedoraが率先して実行できたもののはずです。それが行えなかったということは適切なビジョンの不在を示すものであり、Fedoraの将来は尻すぼみ的にニッチ化していくしかないと私は信じる次第です。

本日の午後、私はメインの開発用マシンにEdgy Eftをインストールしましたが、その際に5枚ものインストールCDは必要でなく1枚で済みました。日常使用するツールキットにおける主要な機能を再構築するまでに要したのは、3時間以下です。インストール完了後には最新パッケージにそろえるための大規模なアップグレードが必要でしたが、Fedoraであれば多大な負担となるこの種の作業についても、今回はつつがなく終了しております。

なにも私は、Ubuntuであれば完璧であると期待している訳ではありませんが、これから初めて手にする一群の管理ツールを掌握するまでの負担に見合うだけのメリットを有しているであろうことを、今では確信しています。

Fedoraにはかつて多くの美点があり、私も忠誠心に満ちたユーザであったはずですが、そうした関係を破綻させたのはFedora側のあり方に他なりません。私にとってこれは非常に残念な出来事です。

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                                        Eric S. Raymond

NewsForge.com 原文

最終更新:2007年07月01日 19:05