ミニマリスト・デスクトップと従来デスクトップの比較
コンピュータの文化には標準的なデスクトップ環境がすっかり浸透してしまっているので、ミニマリスト・デスクトップの人気が高まる可能性はあまりなさそうだ。ただし、それぞれのデスクトップでは、設計の背景にある優先事項がまったく異なる。いくつか欠点はあるが、標準的なデスクトップには、数々のユーザ層にとってコンピュータを使いやすいものにする機能(アクセシビリティツール、アンチエイリアスフォントなど)が数十種類もある。だが、ミニマリスト・デスクトップでは、こうしたユーザ層を対象としていない。
ミニマリスト・デスクトップのもう1つの問題が、インタフェースに関する2つの異なる考え方の切り換えがユーザに要求されるという点だ。すなわち、ミニマリスト・デスクトップにおける厳格なキーボード主導の考え方と、従来のデスクトップから起動した通常のグラフィカル・アプリケーションにおける手の込んだマウス主導インタフェースの考え方である。もちろん、各種プログラム内でもキーボードショートカットは利用できるが、ミニマリスト・デスクトップを使うと、少なくとも2通りのキーボードストロークを覚えなければならない。というのも、各種プログラムで発展してきた標準的な操作規則を明確に採用したミニマリスト・デスクトップは存在しないからだ。こうした考え方の違いは、ミニマリスト・デスクトップの設定を変えることである程度は緩和できるが、おそらくほとんどのユーザはそこまで手間をかけようとはしないだろう。何のメリットもなしに2通りの操作規則を覚えるのは面倒だし、ミニマリスト・デスクトップは操作を覚えるに値しない、と多くの人は感じるからだ。
もちろん、多くのミニマリスト・プロジェクトは、自分たちの取り組みが日の目を見ないなどとは考えていないだろう。いくつかのプロジェクト、特にdwmはあからさまな上級者指向で、Webページには、プロジェクトの目指すところに共感してくれる人々のためだけに開発を進めている、との宣言がある。そこからは、昔からのGNU/Linuxユーザに今でも見られる、コマンドラインの素晴らしさを不自然に誇張する雰囲気が感じられる。
操作の習得を妨げる要因こそあれ、そうした最初の壁を乗り越えれば、ミニマリスト・デスクトップの簡素さと構成は、非常に魅力的なものになり得る。常に使うわけではなくても、何階層ものメニューを開くのが面倒に思える日が訪れたときのために、こうしたデスクトップを1つ手元に用意しておいても損はないと言える。また、結果的に、ミニマリスト・デスクトップは自分には合わないと判断することになっても ― そうなる人は少なくないだろうが ― ratpoisonやwmiiに習熟しておけばKDEやGNOMEのような従来のデスクトップの長所と短所の双方をこれまで以上に深く理解できるようになるだろう。
Bruce Byfieldは、NewsForge、Linux.com、IT Manager's Journalに定期的に寄稿しているコンピュータジャーナリスト。
