オープンソースはそうした柔の力にあたる。老子は著書『道徳経』の中で「柔の力は水の如し」と説明している。一滴の水は無力だが、大量の水には激流を生む力がある。同様に、1人のオープンソース参加者に大きな力はないが、そうした人が数多く集まることでオープンソースコミュニティの力は強大なものになる。一方、従来のソフトウェアは剛の力であり、歯のようなものだ。1本の巨大な歯(たとえばMicrosoftがこれにあたる)は強いかもしれないが、時が経てば脆くなり、やがて抜け落ちる。
柔の力はまだ剛に適わず
今のところ、ソフトウェア業界における力関係では依然として従来のソフトウェアが勝っている。タオイズムによれば、その理由は時間にある。オープンソースの業界はまだ新しく、もっと多くの“水滴”を必要としている。まだ参加者が十分でない優れたオープンソースプロジェクトが多数存在する。たとえば、3DレンダリングソフトウェアYafRayにとって2006年は苦難の年だった。というのも「元からいた開発者たちに時間的な余裕があまりなく、十分な連携を取って開発が行えなかった」からである(「YafRay Next Generation」を参照)。開発ツールの不足や知的財産権の侵害といった要因は、オープンソース業界への開発者の参入を妨げている。
タオの言葉に、滴り続ける水は石をも穿つが(滴水石穿)、いかに硬い歯も石の前には無力である、というものがある。水滴に激流を形成するほどの力がない以上、ひたすら時間をかけて石を穿つしかないわけだ。オープンソースの世界では、YafRayが2006年にあわや終結という事態を迎えたが、Mathias Wein氏(新たな“水滴”)が名乗りを上げたことでYafRayの開発は継続され、YafRay 0.0.9がリリースされた。優れたオープンソースプロジェクトに十分な参加者が集まれば、プロジェクトは岩をも転がす滝のようになる。また、参加者が足りなくても活動が続けば、やがては“石”に穴が開く。
