事態の沈静化に向けたソリューション
KDEプロジェクトが即座に否定したのは、ユーザ側のとまどいを軽減させる上で、技術的な変化のペースを意図的にスローダウンさせるという選択肢である。確かにこうした方針は何ヶ月にもわたる検討を経た結論なのであり、そうした方針自体の間違いを認めるのも組織としては難しい判断ではあろうが、この場合は選択肢の1つとしての検討そのものがされていないのではなかろうか。
他のプロジェクト参加者に対するメッセージとしてSeigo氏は、「この一件に過敏に反応して、革新的な開発行為は危険でありプロジェクトの存在を危うくするという風に受け取られるのではないかと危惧しています」と語る。「そうした危険性を考えることは本当に気が滅入りますね。私たちは現在、革新的なアイデアやそれを裏付けるスキルを有した多数の人材を失うか引き留められるかの瀬戸際に置かれているのであり、他のプロジェクトが“クールな開発をしても何も報われないどころか罰せられることになるのか”と考えるようにならないことを心底願っているところです。こうした状況で後ろ向きになるのは禁物です。どうか失敗を恐れることなく、自分の情熱を欺かない方向での活動を継続してください」
実際、KDEチームが現在重要視しているのは、生じてしまった亀裂を埋めるためのコミュニケーションの確立である。例えばSummer of Codeに参加した学生の1人であるChani Armitage氏は自身のブログにて、「どのようにして開発陣とその他の貢献者達との間でコミュニケーションを確立し続け、過大な負担をかけることなくユーザとの間でオープンな関係を維持していけばいいのでしょう?」という問題を提起している。
その解答の候補となるのは、KDE側に設けるユーザ擁護委員会であり新規リリースに付属させる用語集とFAQである。その他にも、KDE関連のサイトやメーリングリストにて活動規約を設けるという意見が多数提出されている。
「活動規約を設けておけば新規の参加メンバに対して、ここでの慣習がどのようなものであり、何が受け入れられて何が受け入れられないかを事前に通知することになります」とSeigo氏は語る。「そのために必要なのは、既存メンバの大多数が常識と考えることおよび、当該コミュニティが何を目指しているのかを文章にて書き起こすことですが、これは誰もが参照できる1つの基準を提示することを意味します。そして何か通常行われていない活動が必要となった場合、それを試みる人物はこの規約に目を通すことで“私がしようとすることは規則に反していないか”という確認をした上で実践に移せるはずです」
そうした動きの中で現在KDEが最大限の重きを置いているのは、バージョン4.1にて何を実現すればバージョン4.0での不始末を忘却の彼方に追いやることができるかである。Seigo氏は「こうしたものは時間が経てば風化していくものです」とし、「私たちにできるベストの行為は、目に見える成果を実現してみせることです。現状でバージョン4.1に注目しているユーザは、私たちがバージョン4.0にて当初約束していた内容とは異なる成果を期待していることでしょうから」と語っている。
コミュニケーションをどの程度透明化すれば効果を発揮するのかは、しばらく時間を掛けてみなければハッキリしないだろう。その一方で、新規のリリースをどれほど完成度の高いものとすればコミュニティに広まった波紋を沈静化できるかは、今月末に公開されるバージョン4.1へのアクセス数を見ることで判定できるはずだ。しかしながら多くのKDE開発者を悩ませているであろう最大の問題は、バージョン4.0を契機に蔓延した不信感の存在が、失地回復のチャンスを与えることなく頭からバージョン4.1を否定させることになりはしないかという不安のはずである。
あるいはこの最後の問題を真剣な眼差しで凝視しているのは、KDE以外のプロジェクト関係者なのかもしれない。こうした問題が発生するようになった背景には、KDEプロジェクトが技術およびPR面でどのような活動をしたか、あるいは何をし損なったかでなく、FOSSというモデル下で活動するプロジェクト、ユーザ、ディストリビューション、マスメディア相互の関わり方が、以前は予想できなかった形にて根底から変化してきたという現象が存在するよう思えてならないからだ。仮にそれが事実であれば、今回同様の騒動は他のプロジェクトでも生じ得る事態のはずであり、特に大規模なプロジェクトであれば、KDE以上にその理由が何であるかを自覚するのは困難となるのではなかろうか。
Bruce Byfieldは、コンピュータジャーナリストとして活躍しており、Linux.comに定期的に寄稿している。
