フリーソフトウェア財団の組織構造を探る

 フリーソフトウェア財団(FSF)が何のための団体なのかは、その名前からわかるはずだ。だが、フリーソフトウェアの推進というのは、具体的には毎日どのような活動をしているのだろうか。FSFの組織構造を見てみると、同財団の役割が非常に複雑化していることや、フリーソフトウェア・コミュニティ向けに多彩なサービスを提供していることがわかる。これだけ小さな団体が、コンピュータ技術に対してこれだけ大きな影響力を持つに至った背景の一端がうかがえる。

 FSFは、米内国歳入法第501条(c)3項に定められた非営利団体で、理事会(board of directors)制で運営されている。現在の理事は、FSFの設立者で現代表のRichard M. Stallman氏や、長年のメンバーであるHenry Poole氏などで構成されている。ここ数年は新顔も加わっている。

 理事の1人、Benjamin Mako Hill氏は、理事会の役割をこう話す。「理事会の最も重要な任務は、ソフトウェアの自由を守ることと、FSFの目標や戦術を定めることです。そして、GNU General Public License、LGPL、AGPL、GNU Free Documentation Licenseなどのライセンス、FSFが著作権者となっているソフトウェアやマニュアル、GNUプロジェクトの運営インフラといったものについて、最終的に責を負う立場となります。したがって理事たちは、何よりもまず、ソフトウェアの自由に対する信念がなくてはなりません」。

 理事会の会合は年に数回開かれ、FSFの活動や予算について話し合う。「新しいキャンペーン、新たなスタッフ、FSFの新しい方向性については、最終的に理事会で話し合い、承認を行います」(Hill氏)。理事会がないときでも、問題が生じた場合には、意見を求められたり、採決が行われたりすることもあるという。

執行部

 理事会の下には執行部(the executive)がある。執行部は、プレジデント(president)、エグゼクティブ・ディレクタ(executive director)、オペレーション・マネージャ(manager of operations)で構成される。プレジデントとエグゼクティブ・ディレクタの役割分担は明確ではない。実際、現エグゼクティブ・ディレクタのPeter Brown氏に聞いてみても、しばらく考えてから答えが返って来たほどだ。

 プレジデントのStallman氏は、最近はあちこちを飛び回ってフリーソフトウェアの普及啓蒙活動に取り組んでいる時間が長い。だが、外部の人間が受ける印象とは違い、現在もFSFの方針策定に積極的に関与している。頻繁な状況報告を求めたり、理事会に諮らずに決められる方針を定めたりなどだ。

 また、Brown氏によると、「講演や主張で取り上げる内容に関係する項目については、陣頭指揮をとって自ら深く関与することもある」という。

 エグゼクティブ・ディレクタであるBrown氏の役割は、名目上は、方針の策定ではなくその具体化である。言うなれば、戦略ではなく戦術の確立だ。しかし、同氏の説明によると、プレジデントとエグゼクティブ・ディレクタは、この名目上の区別が示す以上に、持ちつ持たれつの関係にあるようだ。たとえば、ある行動を進めるようStallman氏からBrown氏に指示が来たときに、Brown氏が反対意見を述べることもあるのだという。

 オペレーション・マネージャは、FSFの活動が拡大してきたことへの対応として、エグゼクティブ・ディレクタから枝分かれする形でしばらく前にできた役職だ。プレジデントとエグゼクティブ・ディレクタの間と同じく、エグゼクティブ・ディレクタとオペレーション・マネージャの間の役割分担も必ずしも明確ではない。大ざっぱに言うと、エグゼクティブ・ディレクタの役割は戦略の具体化であるのに対し、オペレーション・マネージャの役割はスタッフの活動の統轄にある。現在のオペレーション・マネージャはJohn Sullivan氏だ。

 執行部にはさらに、2人のサポート・スタッフがいる。1人はStallman氏の個人秘書(personal assistant)、もう1人は運営アシスタント(operational assistant)だ。Brown氏によると、この2人は単なる事務員や管理職員ではない。Stallman氏の個人秘書はFSFの広報宣伝活動全般を担当しているし、運営アシスタントはGNUストアや出版関係を担当している。しかもこの2人には、さらに別の職務を与えようという動きもある。こうしたことから考えても、ただのサポート役ではないと言えそうだ。

その他の役職

 他のFSFの役職の中で特によく知られているものの1つが、コンプライアンス・エンジニア(compliance engineer)かもしれない。現在はBrett Smith氏が務めている。専門知識を持つ数人のボランティア・チームと協力して、フリー・ライセンスに関する質問に答えたり、ライセンス違反として上がってきた報告に対処したりという職務を担う。実際に違反が見つかったときには、法的措置などの強硬手段には出ず、敵対的な立場とならないよう努めつつ、違反した企業やプロジェクトに対して、ライセンスに準拠する方法の指導や援助を行う。コンプライアンス・エンジニアは、Software Freedom Law CenterやGPL-violationsといった組織や団体と密接に連携して、情報交換を行ったり、必要なときには違反者に対して共同歩調を取ったりもする。

 FSFが社会活動に力を入れつつある中で、重要性を高めてきている役職がキャンペーン・マネージャ(campaign manager)だ。現在はJoshua Gay氏とMatt Lee氏の2人が務めている。キャンペーン・マネージャの役割は、DRMに反対する"Defective By Design"キャンペーンや、Windows Vistaに反対する"BadVista"キャンペーンなど、各種キャンペーンを取り仕切ることだ。こうしたキャンペーンの主な目的は、フリーソフトウェアを脅かす脅威への対抗だが、特定の問題に懸念や反発を抱いている人たちに対し、その対象に代わる選択肢としてフリーソフトウェアの可能性を探ってもらえるというメリットもある。

 現在でもGNUプロジェクトと密接な関係があるFSFには、GNUプロジェクトへの著作権譲渡を行う役職もある。GNUの各プロジェクトは、必ずしもGNUに著作権を委譲する必要はないのだが、実際はそうするメンテナーが多い。主要開発者が亡くなったり、プロジェクトから脱退したりという事態で影響が生じるのを未然に防ぐためだ。著作権の委譲を決めたプロジェクトは、各貢献者がそれぞれ別個の契約書に署名する必要がある。Brown氏によると、FSFが毎年受け取る契約書は数万という単位にのぼり、「著作権譲渡については、この1年は特に多忙だった」という。

 間もなくできる新しい役職がメンバシップ・コーディネータ(membership coordinator)だ。Free Software Directoryの元メンテナー、Deb Nicholson氏が就任する予定になっている。この役職を新設する狙いについて、Brown氏はこう話す。「FSFを支援するメンバは増えてきていますし、今後のメンバシップのあり方について、我々なりの考えも持っています。我々の資金の多くは、メンバシップ・プログラムから得られたものです。しかし我々としては、メンバとさらに密接な関係を結べたらと考えています。つまり、メンバにはぜひ活動に参加してほしいと思っていますし、そのために役立つリソースを提供できたらと思っています」。予定では、メンバシップ・コーディネータは、フリーソフトウェアやオープンソースに関する主要イベントに参加して、地元の支持者たちと顔を合わせる計画にしている。特に、ボストンで開催されるFSFの年次会合に来そうにない支持者たちと会えたらという考えだ。これまでもFSFは、OSConやLinuxworldの近くでそうしたイベントを開いてきた。

 「これには非常に大きな意義があります。メンバと接触して我々の活動を伝えられるのみならず、メンバからもすばらしいアイデアがたくさん得られるということです」とBrown氏は話す。たとえば、Defective by DesignやEnd Software Patentsといったキャンペーンは、メンバからの提案が直接のきっかけとなって生まれたものだという。

 FSFのその他のスタッフを支えているのが、Danny Clark氏、Joshua Ginsberg氏、Ward Vandewege氏という3人のシステム管理者(system administrator)だ。3人ともフリーソフトウェア・プロジェクトで積極的に活動しており、FSFに何らかの機能を導入する必要があるときには特に活躍している。たとえばVandewege氏は、フリーなBIOSの実装を目指すcoreboot(旧称LinuxBIOS)の主要貢献者の1人だ。システム管理者たちは、FSFのインフラをcorebootに移行する作業を数年前から進めており、あといくつかのワークステーションで完了する所まで来ている。そうなると、FSF自身、フリーなBIOSの世界最大のユーザということになるかもしれない。

概観

 FSFの役職は流動的だ。世の中小企業と同じで、組織構造は固定化されておらず、各自の本来の職務の枠を越えて活動に参加することはよくある。たとえば、Peter Brown氏とJohn Sullivan氏は、キャンペーン活動にも積極的に参加している。あるいは、理事たちの中にも、FSFの中で自らが関心を持つ分野に関与している人が多い。Benjamin Mako Hill氏もこう話している。「私自身、キャンペーン・チームやライセンス担当者、新設のメンバシップ・コーディネータと密接に関係することが多いですし、個別の問題やプロジェクトを担当するスタッフとも週に1度は話をしています」。

 また、理事会や執行部は比較的固まっているが、それ以外の役職は常に変動しているようだ。現時点でも、Stallman氏の個人秘書を務めているJeanne Resata氏の職務が拡大しつつあり、Stallman氏の講演やFSF全体についてのプロモーション活動のほか、同氏の著書「フリーソフトウェアと自由な社会(Free Software, Free Society)」の第2版の出版や翻訳を統率する作業も担当している。本記事の執筆中には、Samuel Choi氏が著作権管理者として新たに採用されるという動きもあった。

 さらにFSFでは、オペレーション・アシスタントの後任を探している。これまで同職を務めてきたKelly Hopkins氏が、報道対応、オンラインストア、仕事/ハードウェア/ソフトウェアのリストの担当に移ることになったためだ。

 FSFでは、End Software Patentsキャンペーンを統轄するマネージャも新たに採用する計画だ。今後も、優先度の高いプロジェクトには担当者を採用していく可能性がある。フリーソフトウェアの空白部分を埋めるための活動に対し、コミュニティからもっと関心を寄せてもらうためだ。

 Brown氏はこう話す。「我々は、コミュニティからのサポートと、非常に小さな財政基盤からの支援を受けながら、念入りに作業を進めていく必要があります。また、本来の道から外れていかないような注意も必要です。我々には、今後数年のうちに達成したい重要課題がいくつかあります。でも、小さな歩みを積み重ねながら、そちらに向かっていきたいと考えています」。

Bruce Byfield コンピューター・ジャーナリスト。Linux.comに多く寄稿している。

Linux.com 原文