不愉快な話
Wikipedia Artを仕掛けたキルドール氏とスターン氏は、一連の出来事を記録するためにwikipediaart.orgというウェブサイトを立ち上げた。そこに、Wikipediaの運営団体である。Wikimedia Foundationの顧問弁護士ダグラス・アイゼンバーグ氏から書状が届いた(一連の法的やりとりの記録)。ドメイン名の一部にWikipediaという商標を使っているのは商標侵害だ、よってドメイン名をWikimedia Foundationに譲渡するか、さもなくばドメインスクワッターとして見なし、法的手段によって取り上げるというのである。
一応、ブログ等の内容やドメイン名において非商用目的で商標名を引用するのはフェアユースという判例がアメリカでは出ているそうだが、民間におけるドメイン名衝突解決の場であるICANNのUDRP裁定では、より著名な側、今回の場合ではWikipediaに有利な判定が出ることが多いようだ。しかし、今までフェアユースの恩恵を存分に被ってきたWikipediaがこういうことをするとは、ずいぶん皮肉なものではないか。
私は保守的な人間なので、たとえばどこぞの壁に落書きするのが芸術家の誉れだとは思っていないし、適宜取り締まるべきだとも思っている。しかし、バスキア気取りの自称アーティストを逮捕したり罰金を科したり掃除させたりするのが正当なのと同じくらい、そうしたものが本質的には芸術活動、表現行為であること自体は疑う余地はない。ましてや、そうした行為について別途他のところ(たとえば自分のブログ)で言及するに至っては、フェアユース云々以前に、完全に表現の自由に属する行為であろう。
ゆえに、Wikipediaが記事を削除するのは全く正当なことだが、消された側がそれについて自分のところで言及するのを、商標をたてに法的手段をちらつかせて止めさせようとするのは、全く支持出来ないのである。一応Wikimedia Foundationの最高顧問弁護士マイク・ゴドウィン氏はのちに、「法的手段を取るとは書状のどこにも書いていない」と弁明しているようだが、最初からドメインスクワッター扱いするというのは、私の考えでは十分な脅しである。
FSFやGNUも不当に(たまには正当にも)批判されることは多いが、仮に批判者に対し、GNUを批判するならおまえの文章にGNUという文言を入れることはまかり成らん、もし消さなければ商標侵害で訴えてやると言い出したらどういうことになるだろうか。FSFが今までそれなりに積み上げてきた信用は一挙に崩壊するだろう。それに似たことをWikimedia Foundationはやろうとしている。私は大変失望した。
もっと言えば、今回のWikipedia側のやり口は、そもそも彼らにとってあまり賢いものとは思えない。現実問題として、Wikipedia側に何も良いことがないからである。ほっておけば前にそういうこともあったねくらいで済んだはずだったのが、商標使用のフェアユースに関する判例を引き出した当の弁護士ポール・レヴィー氏がボランティアでWikipedia Art側の法的代理人を引き受けており、また今まではWikipediaと蜜月関係だったEFF(電子フロンティア財団)のブログDeep Linksでも厳しく批判されている。有力技術メディアのArs Technicaも論説を出した。ブログ界でも相応に話題になるという事態となっている。ようするに、Wikipedia Artの連中が欲しいもの、注目を与えてしまっているのだ。単に火に油を注いだだけなのである。
日本で同様の事態がある/あったのかどうか良く知らないが、ぜひ他山の石としたいものだ。
