紙新聞への処方箋

これまで社会に大きな影響を与えてきた報道機関、新聞の経営が、構造的に苦境に陥っていると囁かれて久しい。21世紀に新聞が生き残るためにすべきことは…あれを買うこと?

クオリティ・ペーパーのたそがれ

ニューヨーク・タイムズ(NYT)は、厳密に言えばその名の通りアメリカ・ニューヨーク州の一地方紙に過ぎないにも関わらず、アメリカのみならず日本を含む世界中に多くの読者を抱える著名な一流紙、いわゆるクオリティ・ペーパーである。民主党寄りのリベラルなスタンスで知られるこの新聞は、現在のアメリカ大統領が民主党のオバマ氏であることもあって、アメリカの政治、ひいては世界経済にも大きな影響力を持つ。

そのニューヨーク・タイムズでさえも、全世界的な紙媒体の退潮とは無縁ではなかった。The Business Insiderのヘンリー・ブロジェット氏の分析によれば、ニューヨーク・タイムズの財務状況は危機的な水準にある。氏の分析によれば、広告収入の減少などにより前四半期の決算で多額の純損失を計上したニューヨーク・タイムズの手元にはもはや34億ドルのキャッシュしか残っておらず、しかもすでに多くの債務を抱えている以上、早晩追加借り入れが不可能な状況に追い込まれるというのが彼の意見だ。私も、これは妥当な見解だと思う。

今までオンライン事業にも積極的に取り組み、ウェブサイトとしても多くのヴィジターを集めているニューヨーク・タイムズほどの著名な存在がこれほどの危機にあるというのは多くの人々の関心を集めたようで、このところ技術系メディアも含めた様々な人がニューヨーク・タイムズへの「処方箋」を提示している(たとえばWikipediaの創始者ジミー・ウェールズもコメントしている)。そもそも手元資金がないのだからそんなの今さら無理だろというものも多いが、そういった実現可能性はさておき、なかなか面白いのは、ハーヴァード・ビジネス・スクールのブログに、クリス・アンダーソンのLong Tailにも寄稿していたコンサルタント、ウマイア・ハーク氏が書いたものだ。

新聞社はTwitterを買え?

ハーク氏の処方箋は、「NYTはTwitterを買え」というものだった(How to Save Newspapers (Or, Why the NYT Should Acquire Twitter))。またコンサルが思いつきで安易なことを言いやがってと私も最初は思ったが(あと現実問題としては今さらもう無理だろうとも思ったが)、少なくとも新聞がTwitterのようなものを買うべきだとする彼の理由付けはそれなりに理にかなっている。

ハーク氏のロジックはシンプルだ。ニュースの本質とは、「今起こっていることを他者に伝える」ということである。この一点において現在のTwitterはすでに相当優れているし、今後もっとユーザが増えればさらに強力なものとなるだろう。よって、Twitterを買収することで、NYTには以下の四つのリソースが手に入る。

1. バイラルな配送

口コミで次々に伝わっていくのをバイラル(感染的)と言うが、Twitterのようなマイクロブログ・サービスは、バイラルなコンテンツ配送プラットフォームとして極めて優れている。ニューヨーク・タイムズ由来のニュースに限らず、とにかく新情報を伝えるのが報道機関の本旨というのであれば、バイラルなニュース(あるいはコンテンツ全般の)配送チャンネルとしてTwitterを獲得するのは理にかなっている。これはハーク氏の意見ではないが、仮にNYTがTwitterを買収したとして、新規ユーザはデフォルトではもれなくNYTのニュースを流すボットをfollowすることになる、というようにしたらどうだろう。これだけで、様々なデバイスに向けた驚くべき幅と規模の配送チャンネルが出来上がるに違いない。「Twitterは21世紀の新聞配達少年だ」という表現はなかなかふるっているではないか。

2. コンテクスト

そもそも「配送」という概念が古い、とハーク氏は主張する。配送が送り手から受け手への一方向であるのに対し、今後情報のやりとりは「回路」になるだろう、というのが彼の考えだ。第一報が誰かからもたらされると、それについてさらに誰かがコメントし、されにそれを誰かが補足するといった具合に、ニュースは何人もの間を通過、循環し、次第にリッチなコンテクストが付与されたものとなっていく。このような、日本ではたとえば2ちゃんねるのスレッドで行われているような過程が、Twitterでも起きている。これはNYTのようなニュース・メディアにとっては得難い能力であろう。

3. 関係資本

ターゲットを絞って(あるいは絞らずに)広告を打ちまくるというのはもう時代遅れである。むしろ、本当に何かに関心がある人を見つけ出して、彼らに彼らが欲しい情報を(もちろんオプトインで)与えるというのが今後の企業のマーケティングでは重要になる。そのためには、Twitterに蓄積される関係性や発言のデータが極めて重要なものとなるだろう。そこをNYTが握れれば、確かに心強いはずだ。

4. ビジネスモデルの実験台

3.とも関連して、Twitterを使えば、他にもいろいろなビジネスモデルが構築出来そうである。たとえば、企業がユーザにコンタクトを取ることを認めるとか、他のコンテンツ・プロバイダ(他の新聞社でもいい)からあるユーザのfollowerにコンテンツを流させる、というように。「いろいろなことが出来る」、すなわち、様々な新規のビジネスモデルが試せるということだけでも、Twitterには高い価値がある。

共存共栄

最近東浩紀氏も述べていたが、特に日本の若い世代において、新聞やテレビといったマスメディアに対する漠然としたあこがれのようなものが急速に落ちているようだ。私などにはまだ、新聞やテレビに対する多少の漠然とした権威の感覚があって、自分のことが新聞に載ったりするとネット上で話題になるよりも若干余計に喜ぶことがある。しかしおそらく今後は、そういう感覚の人間はどんどん減っていき、新聞なんぞで取り上げられるよりはニコニコ動画で人気が出たほうがはるかに良いというタイプの人間が増えていくに違いない。権威も読者もいなければ注目が集まるわけもなく、ひいては広告が集まるわけもない。となると、もし今後も広告収入モデルに立脚するならば、多くの人が、様々な媒体とタイミングで何度も繰り返し見る何かを用意しなければならない。現在のところ、その点で最も有望なのは、確かにTwitterである。

逆に、Twitterのようなマイクロブログ・サービスが今まで以上に社会のメインストリームへと入り込んでいくためには、ニュースの取材や執筆に熟練技能を持つ、優秀なコンテンツ・プロバイダとしての報道機関(の一部)はそれなりに魅力的なはずである。ようするに、両者はある程度相互補完関係にあるのだ。

翻って日本の状況を見ると、こうした方向では、部分的ではあるものの、読売新聞発言小町で若干先行しているようである。私は個人的に、そのうちかの毎日新聞Wassrを買う日が来るのではないかと楽しみにしているのだが、さてどうなることやら。